Gilgamesh 
「一周年だそうだ」
「なに?」
14インチテレビでいつもどおり演芸番組を見ているギルガメッシュのひとことに、アーチャーが訝しげに返す。
調理中、夕飯の下ごしらえをしていたが手を止め覗きこみ、聞き返した。すっきりしないというのはどうも精神的によくない。……大体、元々が、この同居生活が精神的にかなりの負担なのだから他の方面からかかる精神的負担は回避しなければ。
その。
肉体的に負担がない、わけでもないわけでもないわけでもない、が。
ああもうわからないしわかりたくもない。
などというアーチャーの内面の葛藤も知らずギルガメッシュはハマっているのだという期間限定のポテトチップスを前歯で半ばから噛み砕き、壊れたボリューム調整のつまみをカチカチ言わせながら大した興味もなさそうに答える。
「金が余って仕方ないのでな。戯れに建てた会社のひとつが今日でちょうど一周年だというが、我にはどうでも良いことだ」
「そうか……」
答えを聞いてアーチャーは調理に戻る。イカの腸を取って水で流し、
「ちょっと待て!」
ギルガメッシュの元へと駆け寄った。寝そべってポテチをパリパリやりながら演芸番組を見ている英雄王を鋼色の双眸で睨みつける、というか見据える、というかなんていうかこのひとなんなの、ああひとじゃなかったですよねかみさまですよね!っていう。
「金が有り余っていると言ったな、英雄王」
「有り余っているとまでは言っておらん。腐るほど蔵にうなってはいるがな」
「余計にひどいわ!」
畳に崩折れてばん、とてのひらでい草の匂いを殴りつける。
落涙寸前。いやもはや半泣き状態のアーチャーを、ギルガメッシュは心底不思議そうに見やる。どっ、とテレビから笑い声があふれた。
「煩いぞ贋作。何を泣く。泣くのならさんざんに善がった果てに泣くがよかろう、いつものようにな。でなく泣くというのなら、我にはその理由がわからんぞ」
「うるさいだまれやかましいその口を縫いつけてやろうか!」
orz状態だったアーチャーは起き上がって叫び散らした。またどっ、と笑い声。褐色の額に浮かんだ血管が痛々しい。執事、または家政夫のサーヴァントと言われるアーチャーがいる環境でテレビのボリューム調整のつまみが壊れたままなのは、アーチャーが壊れてしまい破壊したせいだからだ。
その際に英雄王から「仕置きが必要だな」と理不尽な扱いを受けたりするのだが。
「何故……何故、そんなに金を無駄に有り余らせているくせにこんなところで暮らしている……! いやそもそも、私は何故」
「王は気まぐれなものであろう?」
「気まぐれで今までの暴君っぷりをすべて済まそうとは大抵面の皮が厚いな英雄王!」
「ぬ? そうでもないぞ、おまえと同じ程度の厚さよ。触れることを許す。なに、対価は求めん。特別だ」
「何様……王様か……」
「うむ」
ようやくわかってきたようだなと笑う声がする。わかっている。あきらめている。もう既に、だが心が叫ぶのだ。時折、思いだして血を流し叫ぶのだ。立ち上がれ、立ち上がれと。
立ち上がってまた蹴倒され、蹂躙されるわけだが。
何度……昼メロのように花が落ちたことだろう。こう、椿辺りが。ぽろりと儚くあえなく。
そのたびに硝子の心が磨かれて曇り硝子になっていくのだ。先が見通せない、自分でもわからない曇り硝子に。
目が、光を失っていく―――――
「いやそれは!」
さすがに目にハイライトが入らなくなるとまずい。色々と。キャラが変わってしまう、抽象的に言うならば……黒化……?
それは非常に困ると訴えるものがある。詳しくはわからないが非常に困る非常事態だと。
影絵が飛びはねた気がした。
「相変わらずひとりで叫んだり怒鳴ったり忙しいな。躁鬱の気があるのか?」
「誰のせいだと……」
「己をしっかり持たんからそういうことになるのだ。やはり贋作は贋作よ。真の心など持ちようもないわ!」
「―――――いいかな、とおさか、やっちゃっていいかな、killしていいかな、そうしたらおれうちにかえれるかな……!」
何だか正しいような、いいことっぽい言い方で言われたのでまた頭に来る。
ひとかけらだってまともじゃないのに、その態度は居直りなんとかのアレなのに―――――!
「それで贋作、結局なにが言いたい。この菓子はやらんぞ」
「いるかそんなもの! ……私が言いたいのはだな、金があるのならもう少しまともな家に越すだとか、広さを考慮するだとか、家政婦を雇う……いやそもそも、私が一緒に住まう必要などな」
「黙れ」
斬って捨てられた。三文字で。 だ ま れ 。
呆然とするアーチャーの顎をつい、と指先でなぞり喉元にてのひらを這わせ英雄王は横暴に言い放つ。
言葉は、声は力となってアーチャーを打ち据えた。
「贋作よ、所詮おまえは贋作。だが戯れるにはなかなかに面白い。この我が興じてやろうと言うのだ。頭を垂れてその恩恵を受け入れるが良いぞ」
赤い瞳が魔的に輝くのを見て、アーチャーは思った。
ああ。
駄目だ。

だめでした。

「前に見た雑種の娯楽番組では事後このようにするのだったな?」
「ならばせめて本物の煙草を用意することだな……!」
余裕の表情でココアシガレットなど齧ってみせるギルガメッシュに、泣き濡れたアーチャーが言えることはそのくらいだった。


back