Saber
セイバーは腕力がある。
「買いだしのときはぜひ、わたしを」
胸をどんと拳で叩いて顎を上げてみせられては、連れて行かないわけにはいかない。実際役立つのである彼女は。ただお駄賃が少々かかるが。
その日もアーチャーはビニール袋を互いに山ほどぶら下げセイバーと共に商店街を歩いていた。身長も小さく腕も細く全体的に小柄、という印象が強いセイバーが涼しい顔で重い醤油瓶や牛乳、みりんなどの入ったビニール袋を持って歩いていても誰も驚かない。
それが商店街の日常になってしまったのだ。
「アーチャー、今日の夕飯は一体なにを?」
「そうだな……昨日が野菜中心だったから今夜は海鮮を中心に据えてみようかと思う。和風か洋風かは多数決で決めればいいだろう」
「なるほど、海の幸ですね? 昨日も素晴らしかったですが今日もまた期待出来ます。ですが、困りましたね。和風か洋風かというのは……わたしには決めがたい」
「ならば場に任せるままにすればどうかな。食材は決まれどどう調理され出てくるのかわからない。それもまた、楽しいのではないかと思うが?」
「運試しのようなものですか。これでもわたしは、運には自信があるんですよ」
「ふむ?」
ビニール袋を持ったまま胸をどんと叩くセイバーに、アーチャーがかすかに笑った。彼に向かいセイバーは笑み返し。
「大体、外れる要因がありません。シロウに桜、そもそもアーチャー、あなたがいるなら不満な結果が出てくることはありませんからね」
「これはまた。随分と信頼を得たものだ。誇っても?」
「ええ。かまいませんとも」
そんな、冗談の応酬をしながら商店街を歩いていく。買い物はもうほとんど済んだ。特売の日用品もふたりぶん手に入れたし、足りなくなる食材も補充した。牛乳や卵。大人数であるとそういった基本のものはあっというまになくなる。
特に朝は和食のことが多い衛宮邸では、卵焼きが好まれるために卵は数パック買っておかなければ一週間もたない。
常の面子で考えても大変だというのに闖入者が絶えない場所であるから。
等価交換が合言葉となり負担は減らされてきているが、まだまだ。
―――――さて。
くん、とセイバーが鼻を鳴らす。
そろそろ“お駄賃”が必要だ。
江戸前屋が近い。他にも気軽に買えて、気軽に食べられる屋台が出ている地域に入る。今日のセイバーは甘味か、それとも。
考えているアーチャーの耳に、ふと明るい声が届いた。
「お嬢ちゃん!」
アーチャーはお嬢ちゃんではない。断じて。
と、なるとだ。
下を見下ろせば金色のぴょこんと飛びだした髪が揺れていた。声の方向に向かって揺れている。ああやはり、とアーチャーは思って、財布を取りだそうとする。
「ご主人。今日もお元気そうでなによりです」
「お嬢ちゃんも。お連れさんも元気そうで。衛宮さんとこはあれだね、大家族だから買い物も大変だね」
店内でなおも明るく笑うのは見覚えのある中年の男性だ。看板を見ると、たい焼きにおやき。
ちょうどよく甘いものも塩辛いものも一通りそろっている店だった。今日はここにするとしようか。定番の大判焼きはないが、なに。
ライダー辺りがヴェルデでレパートリーにあふれたものをまた買ってきてくれるだろう。
既にセイバーが店主と話しこんでいる、その後ろ姿を見ながらアーチャーは歩いていく。会話の断片に、ところでお嬢ちゃんたちは一体どういった関係、そうですね言うならば鞘と剣でしょうか、それは若い子特有の表現なのかね、などといった眉根を寄せるようなものが混じっていたがまあ気にしないことにした。
「あれかい、洒落た言い方で包みこむ鞘……お嬢ちゃんと包まれる剣、お連れさん、っていう感じなのかね」
「いえ、逆です。わたしが剣であり、アーチャ……シロウが」
「セイバー。いいから」
それ以上はまずい。
真剣に説明しようとし始めたセイバーの肩を軽く叩くことでアーチャーは彼女の暴走を止めた。何故です?と聞かれたがその手に硬貨を握らせて上にある品書きを指でなぞれば顔を輝かせてこくこくこく、と何度もうなずいた。
投資は的確にしっかりと。
食い入るように品書きを見つめていたセイバーの目が、ある一点で止まる。
「ご主人! この“一周年記念サービス”とは?」
「ああ、それね。商品がちょうど今日で一周年だから今日だけサービスで一個買ったらもう一個っていうやつだよ。どうだいお嬢ちゃ」
「それをひとつ!!」
「セイバー、最後まで聞いてやってくれ」
鋭く突きだされた硬貨とセイバーの剣幕にも慣れたものなのか店主は大らかに笑っていた。
白く薄い紙袋に入れられた、野菜と豚肉の詰まった饅頭を割る。
隣のセイバーに大きめの半分を手渡しながらアーチャーは近くに寄ってきた猫の喉を軽く指で撫でていた。
君がふたつ食べるといい。
いえ、それは出来ません。
公園で休憩ということになり、アーチャーが手渡された自分の分をセイバーに返そうとするとセイバーは真顔で首を横に振った。
意外そうな顔をしたアーチャーの胸元に紙袋を押しつけセイバーは、
美味なものは共に味わうべきだ。すべては等しく。わたしたちは、“そういう間柄”だったはずだ、
そう、真顔で。
いつか見た、面差しで。
―――――、とアーチャーは一瞬なにもかもを失って、ただ自分だけを、名前さえも忘れてしまったけれど確かに“自分”だけは持って、
……でしょう?
笑って手を離したセイバーと、自分の胸元を滑り落ちていく温かさに同時に我を取り戻して紙袋を受け止めた。
そうして、ああ、と。それだけを。
「アーチャーも随分と素直になりました。強情なことを言っていたら今度はどんな手に出なければいけないかと考えていたところです」
「……いや、セイバー。普通にああいったことはその、公衆の面前では。さすがに」
「鞘は鞘らしく剣を受け入れていればいいのです!」
「どんな暴君発言だね」
「王ですので。それとシロウや凛に言わせるとどうやら暗黒面はかなりのものだそうです。……王としてまだまだ未熟ですね」
「どっちさ。……あ、いや、どっちかね。王だからといって何でも押し通すようでは君、英雄王と同じに堕ちてしまうぞ」
「なんと! ……なるほど、わたしのあの暗黒面は英雄王の……」
公衆の面前でどうこうされたかは控えるとして、だ。
猫の喉をごろごろと言わせているアーチャーに、セイバーは首をかしげる。
「済まないな。これはどうやら玉ねぎが入っている。君たちにはやれん」
「猫は玉ねぎが苦手なのですか。たい焼きを買ったほうがよかったでしょうか?」
「餡もどうかと思うが。外身だけならあるいは……」
のんびりと過ぎていく時間。
かつての剣と鞘は猫をかまいながらたわいもないことを語らった。
back