がじり、がじり、と。
音が付きそうな勢いで齧られる。
体はきっと歯型だらけ。この男に隅々までマーキングされた。
天井を見ながらアーチャーは思う、どこまでも痕を付けられてしまった。
手など使わないで、口だけで男はアーチャーを嬲った。くちづけから始まって愛撫、服を脱がすにまでその執着は至る。
口で外されたボタンは唾液に濡れててらてらと鈍く光っていた。変なところで器用な男だ。
「ん、っ」
またひとつ、痕を残される。口でばかりするものだから、男はほとんど喋らない。というか全然喋らない、声を聞いていない。
あの声が聞きたいのだがと思っても強請る度胸も愛嬌もなく、だからアーチャーは自らも押し黙るばかりだ。たまに漏れてしまう喘ぎ声が本当に些細な“こえ”。
どうして男はこんなことをするんだろう。気まぐれだとかそういう性質には見えなかったが、アーチャーが勘違いしていたのだろうか?
「ふ、ぅ」
また、声が転げてしまった。
だが羞恥心よりも今は疑問の方が強い。どうして。何故。わからない。
聞こうとしても男はおそらく答えない。その口はアーチャーを嬲るのに忙しいから。答える暇があるのなら肌を噛み、服を食み、愛撫を続けるだろう。
服さえも愛撫の対象にしている男がひどく奇妙に思えて、アーチャーは天井から男へと視線を少し移してみる。青い髪。白い肌。赤い瞳が見えないのが惜しい。
「!」
転げた声は、声にはならなかった。
びくんとアーチャーが大きく震えて殺した声はそれでもわずかに生きていて。
ちゅう、とその声を吸うように男が顔を首筋から唇へと上げてきて、くちづけてきた。アーチャーの全てを喰らおうとするかのようなその唇。口。喰らうもの。
ぞっとする。このまま喰らい尽くされてしまうのだろうか。いや、こんな自分いなくなってしまってもいいが、男の胃を自分の肉が骨が血が汚すのが恐ろしい。
汚らわしい己の身が男を染めるのがぞっとする、と、アーチャーは。
「……――――」
思わず声にならない声を再度放つ。男の顔は、唇を解放したかと思えばアーチャーの下肢の方へと移動していた。スラックスの薄い生地を食み、そのまま下へとずり下ろそうとする。
そんなことまで?そんなことまでその口で?
思わず問いたくなるが答えなど、どうせ返らないのだ。だというのなら、甘んじて受けよう。彼の愛撫を。
してくれるだけで満足、というものだ。
スラックスに噛み付いた男は順調にその黒い布地を口内に染みているであろう唾液で色濃くし、下へ下へとずり下げていく。ゆっくりと。ゆっくりと。
その間にも露わになった足に噛み付き痕を付けて、男は愛撫を続ける。
ああ、もう、ほんとうに、からだじゅうがおとこのあとだらけで。
あたまがどうにかなってしまいそうだ。
刻まれる刻まれる刻まれる、体中に男の痕を刻まれる。体が男の痕でいっぱいになって飽和状態。
濡れたボタンがやけに淫靡で、背筋にぞくぞくと場違いな感覚が走った。
それにしても、声が聞きたい。思う一方で、いや、と考える自分がいる、とアーチャーは思った。
声などいらない。口だけでいい。この男の、整った口が自分を喰らい尽くす、それだけで。それを考えるだけで果てそうになる。
まるで獣。自分も、男も。
さて、何がどうしてこうなったんだっけ?
「あっ……」
下着までもが口でずらされて、芯を持っていた自身を男の口内に含まれた。熱い。熱い、熱い、熱い。
しつこく口ばかりで愛撫され、高まった自身を決定的に最後まで口で弄ばれた。
逆らう気はない。気持ちいいから。
ぬるぬると滑る口内で擦られて堪えることが出来なくて、一度大きく震えると男の口内に放ってしまう。
はあ、はあ、はあ、と荒い息を接いでいると、男が顔を近付けてきて。
「……!?」
端正な指先がアーチャーの顎にかかったかと思うと、快楽に緩んだ口をこじ開けて。
れ、と舌先を伸ばすと。ぬるりとした白濁を、アーチャーの口内に移していた。
「ん、んんっ……」
例え自分のものでもその白濁は甘く、腹の底からアーチャーを熱くした。どくどくと鳴る鼓動。
口を押さえられて開くことを許されず、そのまま飲み下すことを強要させられてアーチャーは細かく震えた。
どくどくして、ぞくぞくする。
「……ん、」
やがて口内に注がれた白濁を全て飲み干して、最後にごくんと喉を鳴らしたアーチャーは、うっとりと目を細め陶然としたまなざしを男に向ける。
そうしてつぶやいた。その男の名を。


「……ランサー」


そうすれば男も――――ランサーもようやっと口を愛撫以外の目的に使うことを思い出したように口端を上げて笑い。


「アーチャー……」


低くそうささやいて、アーチャーの額に手を伸ばそうとして。
けれど思い至ったようにその手を引き。
「ん、」
汗の浮いた褐色の額に、唇でもって。
あくまでも、唇でもって。
くちづけを、したのだった。


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