「正座」
「…………」
「正座」
低くドスのきいた声に、黒い弓兵は渋々といった風に従った。
座る時にぽつりと「これがランサーに命じられたプレイなら悦んだのに」と言っていたがかろうじてその自分と同じ顔を殴り飛ばすのを赤い弓兵は堪えた。
「……さて、貴様は何故このような時間をわざわざ設けられたかわかっているのだろうな?」
「いや全然」
「わかれええええ!!」
絶叫だった。
しかも声がキンキンに裏返った。鶏を絞め殺したような。
ここは絶叫した彼を責めるべきではなく、わかれやあああ!!とヤクザ調にならなかったことを褒めるべきである。
「いいか、これは貴様に対する誅罰だ! その辺を肝に銘じておけ!」
「あのデコ禿げ魔術師のようなことを言うのだな」
「虚淵のことは言うなああああ!!」
“やかましい”とばかりに眉を寄せて耳に指を突っ込んだ黒い弓兵に対して、赤い弓兵はその名の通り顔を真っ赤にして怒っている。まあ当然だ。
ここまで舐めた態度を取られて平然としている者がいたら会ってみたいものである。きっと凄まじい人間に違いない。仙人のようなものだ。
「……とにかく」
必死にぜーはーと肩を喘がせ己を落ち着かせた赤い弓兵は言う。しかしその顔は未だ赤い。握り締められた手はわなわなと震えている。
「貴様の周囲への態度は目に余るものがある。それで……その、非常に不条理ではあるが、貴様の写し身であるらしい私が直々に注意を促そうと、そういうわけだ! ……わかったな?」
「いや全然」
「だからわかれええええ!!」
二度目、鶏が絞め殺された。
それでも黒い弓兵は動じない。唇さえ尖らせて「私全然悪くないもん」とでも言いたげだ。というか態度が既に言っている。バリバリに。
「私は悪くない」
「どこがだ!」
言った。口に出して言った。しかも全然悪びれもせず。平然と、しらっとした顔で。
「私の何が悪い? ただ己の心に正直に生きているだけではないか。異常なほどに自分を律しているおまえよりは余程良い行いをして――――」
「君、少し黙れ。」
某の境界。
呼び方さえ変えて赤い弓兵は言った。額に青筋を浮かべ。なんでこいつわかんねーかなー、と青い槍兵のようにべらんめえ口調で愚痴り始めないだけ健気だった。
「いいか、貴様の行いはとにかく周囲に迷惑をかけているのだ。かけてかけてかけ通しているのだ。存在するだけで、ただそこにいるだけで貴様は有害なのだ。歩く十八禁なのだ。未成年者に見せてはいけないものなのだ!」
「意味がわからん」
「……三度も言うのにうんざりするが、せーのっ! わかれええええ!!」
また、鶏が絞め殺された。というか“せーのっ”はいらなかったのではなかっただろうか?萌え要素か?
そんなことを言ってはいけない。無限の剣製で殺される。詠唱をすっ飛ばして即殺される。そっころさんだ。
赤い弓兵は過呼吸気味になりながら肩を喘がせて。
「まったく、どうして私が……」
こんな目に遭わなければならないのだろうか。そんな彼に黒い弓兵はさらりと、
「不幸ぶるな、鬱陶しい」
「誰のせいだと思っているんだああああ!」
はい、黒い弓兵さんのせいですね。
生憎と優しく言ってくれる誰かはそこにいなかった。そこには赤い弓兵と黒い弓兵しかいなかった。ふたりっきりだった。
だがそこに甘い雰囲気もロマンティックなものもあるはずもなく。
あるのはただただ、殺伐とした、だが少々間の抜けたもの。
「いいか、その態度を丸々直せとは言わん。私も地球を赤く染めろなどという極論は言わん。まず蟻に、少し休め、と勧める程度の提案をしてみるつもりだ」
「蟻に言葉が伝わるとでも思っているのかおまえは? 頭は大丈夫か?」
「……物の例えだ!」
ばきり。
赤い弓兵さんがその辺の壁を殴ったら亀裂が入りました。筋力Dなのにです。驚きの現象ですよね。
「……いいか」
い、い、か、と一文字一文字区切りながら、赤い弓兵は言って。
「少しずつでいい、その有害な態度を直せ。ゆっくりでいい、急げとは私も酷なことは……」
「話がくどい。三行以内にまとめろ」
「何様だ貴様は!?」
「出来るじゃないか」
「貴様の言葉に従ったわけではないわ!」
たわけ!とついに手が出ました。ぽかりとコミカルな音を立てて赤い弓兵は黒い弓兵の頭を殴ります。殴られた黒い弓兵は軽くつんのめると、顔を上げて、むっつりとした顔で。
「結局そうやって暴力に訴えるのか。やれやれ、野蛮なツンデレはこれだから……」
「だから私のことをツンデレと言うなああああ!!」
いいえ、ツンデレです。
「そして私はヤンデレ」
「聞いておらんわたわけえええ!!」
「血管が切れて死ぬぞ?」
「誰のせいだと!」
ツッコミ不在のまま、弓兵同士の非情な戦いは続くのでしたとさ。


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