「あ!」
「ん?」


衛宮邸、廊下。
縁側に近いそこでふたりは、詳しく言うのならばランサーとアーチャーは出会った。
“出会った”などと大仰な例えをするのは、次にランサーが取ったリアクションがあまりにあまりすぎる、ものだったからで。
「アーチャー! アーチャーじゃねえか! いやあ久しぶりだなあ! いつぶりだ!? もうどんくらい会ってなかった!?」
「お、おい、ランサー!」
犬の尻尾のような後ろ髪をぶんぶん振って、握手まで求めてきそうなフレンドリー……というには密接すぎるランサーの態度にアーチャーは慌てて、手に持った洗濯物を示してみせる。
「君のその態度は嬉しい! 決して悪くはない! けれど……けれど、今は!」
今は勘弁してくれないか、というアーチャーの叫びが、青空に響き渡っていったのだった。


「いやあ、ほんとひっさしぶりだよなあ!」
縁側に座って、足を投げ出して空を仰いで。
ランサーは非常に機嫌よくそうのたまった。
隣のアーチャーは苦笑しつつ、「そうだな」とそんな彼に同意を打つ。
「どんくらいだ? 一週間は越えたよな? いや、ほんとーっにタイミングが合わねえと、ちっとも会えねえもんなんだな!」
「そう、だな」
「いや、それもこれもオレが調子に乗ってバイト入れすぎちまったせいもあるんだけどよ。でもよ? 仕方ねえと思わねえ? あの能面シスター、家賃入れねえとあることないこと近所に触れ回ると来た! 例えばオレがあいつに手を出してる、だとか! 冗談じゃねえよなあ、オレが手を出してるのはアーチャー、おまえだ……」
「声が大きいぞ、ランサー」
むぐ、と口をてのひらで塞がれて、ランサーは赤い瞳を白黒させた。アーチャーの褐色の耳は、赤い。
「……それにしても、一週間を越えたか。毎日が目まぐるしく過ぎていき、正直把握をするのが遅れたよ」
「そんなこと言いやがって」
「?」
「オレに会えなくて寂しかったんだろ、おまえ? わかるぜわかるぜ、だってオレも同じだからよ! 離れてわかる愛しさっつーのあるよな? 失ってみて、あらためて理解したぜ」
「……っ」
かあああ、と。
耳だけでなく、アーチャーの顔が赤くなっていく。
その顔を庭先に伏せて、アーチャーは小さな声で、早口にランサーに向かって告げた。まるでそうしないと大事な何かを壊してしまうかのように。
「わ、」
「わ?」
「私、も、」
「私も?」
「……寂しかっ、た」
「…………」
ランサーがぽかんと口を開ける。
もはやアーチャーの手はそこから外れていて、ぎゅっと両膝の上で硬く握り締められていた。それは細かく震えていて。
「……と、思、」
「アーチャーあああ!」
「!?」
がばり、と抱きつかれて縁側に転がり、アーチャーは先程のランサーのように目を白黒させる。視界がぐるんと回転したかと思えばマウントを取られ、目前にはランサーの端正な顔。アーチャーは俄かに焦り、どうにか正常を保とうとするがそんな状態で、それが叶うはずもない。それどころか醜態に似たものをさらして(ああ、それでもランサーはそれを“いとしい”と言うのだ!)しきりに目をぱちくりと瞬かせるばかりだ。
「ラ、ランサー、重い。どいてくれないか」
「やだね」
べえー、と子供じみて舌を出し、ランサーはある意味酷薄に言い放つ。なっ、とアーチャーは一瞬硬直して、次の瞬間じたばたと陸に上げられた魚のごとく暴れだした。それでもランサーのマウントポジションは崩れない。いっそ美しいほどその体勢を保って、ランサーはアーチャーの頬にすり、とてのひらを這わせる。
うわ、と声を出してしまったアーチャーに、うん?と首を傾げて、ランサーはやはり子供じみて、
「……嫌か?」
「いや、嫌なわけではないのだ、が、」
「どっちだよ」
「……嫌ではない」
「じゃあいいだろ?」
「だから!」
そういう問題ではないのだよ、となおも足をじたばたさせて叫ぶアーチャーに、わっかんねーなーとランサー。真剣に言っているのだから怖い。天然か計算か。
空を小鳥がちゅちゅんと飛ぶ。それにさえアーチャーは戦いて、この男は早く自分の上からどいてくれないものだろうかとあらぬ存在に希う。けれど神などこの世にいるはずもなく、アーチャーの願いは叶えられることはない。
「……っ」
ちゅ、と音を立てて頬にくちづけられてアーチャーが身を竦める。目をつぶってしまって第二撃の衝撃に耐えていたアーチャーだったがそれは来ず、そろそろと目を開けてみれば。
「オレのこと……ちゃんと見ろよ」
「――――」
「オレもおまえのことだけ見てるからよ。だからおまえも……オレだけを見てろ」
なんて傲慢で哀れな台詞。
強要しながら乞うその台詞に言葉を失って、アーチャーは瞬きすらも忘れる。そしてランサーの言葉の通り、その願いの通り、彼の顔をただただじっと見つめるだけの生き物となってしまったのだった。
「…………」
「…………」
「アーチャー?」
幸せだな、とランサーが言って。
わたし、も、そうおもう、とようようのことでアーチャーが返せたのは、その五分後のことだった。


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