「……え」
私の顔を見るなり、奴はそんなとぼけた声を出した。一体何だと怪訝に見上げていると、奴はその指で(失礼なことに)私の顔を指差して、
「今日のオレの相手って、おまえ?」
「……そうだが、何か不満でも?」
「や、不満っていうか、なんつーか」
「だから何か――――」
あるなら聞いてやるから早く言え、と急かしてしまいそうになった時、私の顔を指差したままで奴は言った。


「おまえのサイズに合うドレスなんてあんのかよ?」


思わず脛を蹴飛ばしてやった。


臨時で頼むとその話が私の元に転がり込んできたのはつい昨日のこと。一体何だと電話口の向こうからでも焦っているのが丸分かりな説明の声を聞いていると、「ランサー」という聞き覚えのある名前が耳に入ってきて私は反応してしまった。
“ランサーがどうしたと?”
奴が何かやりましたか?まさか法に触れて捕まることでも?
わざと冷たく突き放すようにそう言ってやると、電話口の向こうの相手は慌てたままで。
いいえそうではありません、実は――――。
「それにしてもおまえがねえ」
私を上から下までとっくりと余すことなく見回して奴は言う。本当に失礼な奴だ。しかしそんな奴を私はあながち悪く思っていないというのだから、全く厄介なことである。
「私がこんなことをしてはおかしいと?」
「いんや、ただ意外だと思っただけさ。でもいいんじゃねえの?」
そう言って奴はにかり、と太陽のような笑みを浮かべた。ぴしっとしたタキシードを着ているくせに、似合わないことこの上ない。
「毎回毎回型に嵌ったことばっかしてても面白くねえしよ。たまにゃ意外なこともやれよ。それが今だ」
「――――君に、諭されるようなことなどされなくとも」
私はやるさ、自由にね、とそっぽを向いて見つめた先には大きな鏡。
全身どころか頭のてっぺんからプラス三十センチほど足した大きさを映すその鏡に映し出された私は、何とも珍妙な格好だった。
浮いている、そう思う。私が着ているのはウェディングドレスだ。ふんわりとしたフレアが広がり、そしてレースをあしらった、豪華ではあるが嫌味に見えない、気取っていない、優雅なドレス。
けれど私は思う。こんなの私じゃない。
奴の隣に立つべきじゃない。私はそう思う。けれど奴は私の隣に立って言う。その前に唇を尖らせてヒュー、と軽く口笛を吹いてみせた。
「最初はどうかと思ったけど、いやなかなか。似合うじゃねえか。おまえも日頃からもっとこういう……ふわっとしたの? 着りゃいいのによ」
似合うんだし。
それを聞いて私の心は即座に反応する。違う。違う違う違う。そんなことない。
私にこんな素敵なドレスは、似合わない。
「君に指図される覚えはない」
「……冷たいねぇ、おまえも」
まあ慣れてるけどな、と私の頭をぽんぽんと叩いて、奴は呆れてみせる。違う。こんなこと言いたいんじゃない。
それでも唇は動いてくれなくて、私はただ沈黙を守るしかないのだった。
「それじゃ、まあ」
叩いたせいで乱れた頭を手櫛で整えて、奴は手を伸ばしてきた。


「とっとと式場に行きましょうか? オレの花嫁」


神妙な空気の中、シャッター音が響き渡る。
神父が読み上げる決まり文句を聞き流しながら、私は隣で腕を組んでいる奴の顔をちらりと見上げてみた。
途端に胸がどきりと高鳴る。ひどく、違う顔。
と言っても悪い意味ではない。良い意味で言っているのだ。
良い意味で違う顔。意外性のある顔、というわけだ。
軽快で周囲を盛り上げるのが上手い奴。ランサー。そんな奴が余所見もせずに、神話の中に登場する王子のような顔でひたすらに前だけを向いているのだった。
「…………!」
まずい。ばれなかっただろうか。
一応ぱっと素早く顔は伏せたものの、周りがやけに静かなものだから目立ったかもしれない。私は自分を呪う。仮初めとは言え、祝いと喜びに満ちたこの場で。
顔などは赤くなっていないだろうか。元の色が色だから、普通の誰かよりはばれにくいはずだが。なんてひたすらに思考回路をぐるぐる回し、私は考える。いや、それでもまずいだろう、赤くなっていたら。願うのみだ、そんな無様なことになどなっていないことを。
「…………? ――――」
仮初めとは言え、神父が決まり文句を読み上げる。私は出来る限りそれに意識を向け、絡んだ逞しい腕に集中してしまわないようにした。知らない。こんな腕、知るものか。私は何も知りません。
「それでは最後に誓いのくちづけを」
え?
そこで私はぱっと顔を上げてしまった。と、奴――――ランサーも顔を上げている、というか奴は最初から顔を上げていたんだった。
「え?」
「え?」
ふたりの声がユニゾンする。今、神父は何と言った?誓いのくちづけ?まさか。
……と、周りの空気がしん、と静まり返っているのに気付いた。待て。待て待て待てちょっと待て。待てと言っているんだ、頼むから待ってくれ。考える時間をくれ。
「しない……よな?」
「なっ」
どこか心配そうに、私を気遣うように(!)奴がたずねてきて、私はもう許容量いっぱいになってしまって。
知るか!とその場に似合わぬ、優雅なドレスに似合わぬ大声を上げて、奴の靴先を思いっきりヒールの踵で踏みにじっていたのだった。


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