「士郎っ! お父さんは……お父さんは、自分同士でお付き合いするなんて認めませんっ!」
「なんでそうなるのさっ!?」


士郎が叫んで目を剥いた。けれど切嗣は止まらない、絶賛ハイテンションで早口言葉のように言い募る。それにしてもよく噛まないものだ。
「なんでじゃないよ、僕が何も知らないと思ってるのかい!? だったら侮ってたね、僕はこれでも凄腕の魔術師殺しだったんだよ! 暗殺策略謀殺賄賂、何でも来いさ! あっでも士郎たちは殺したりしないからそれは安心していいんだよ、何てったって僕は士郎たちの父さんなんだからね!」
「いやだから爺さん根本からして間違ってるからっ! 俺たち付……き合って……なんかな……」
「甘いね士郎! ここに裏が取ってあるんだよっ!」
ばっ、と切嗣は書類と、そこにクリップで挟まれた写真のようなものを取り出して。
それを士郎へと向けて突きつける。どうだ、と言った風な誇らしげな顔で。
士郎はついついそれを見てしまう。ちょっと遠いので身を乗り出して。そしてさらに目を剥いた。顔をも赤くした。
「なななな、なんでさっ!」
そこに……写真に写っていたのは、仲良く並んで食事の支度をしている士郎とアーチャーの姿だった。士郎の絶叫に切嗣はえへんと胸を張る。
「ターゲットの資料を集めるのなんて、僕にとっちゃお茶の子さいさいさ。士郎? 僕を騙し通せると思ってるんなら、すぐにその考えは捨てることだよ。じゃないと後々もっと後悔することになる」
「ちが……それは違う……違うんだから……っ!」
士郎が真っ赤な顔で叫ぶ。その横には。
――――同じく真っ赤な顔で、腕組みをして目を閉じた、アーチャーの姿があった。
アーチャーはゆっくりとその瞼を開くと、鼻息も荒い切嗣へと向けてやはりゆっくりと、言の葉を紡ぐ。……切嗣、と。
「……切嗣。私たちは決してそのような関係ではない。全ては貴方の誤解だ。私たちは――――」
「何を言ってるんだいもうひとりの士郎っ!」
あと“お父さん”って呼びなさいっ!
いきなり怒鳴りつけられて、思わず士郎と同じように目を剥いたアーチャーへと、相も変らぬ早口でもって切嗣が言い募る。相手に反撃する隙など与えぬように。
「まず僕を切嗣呼ばわりするなんてもってのほかだよ、直しなさい。あと“私”だなんて格好つけなくてもいいんだよ? 前みたいに、“俺”って言いなさい。いいね?」
「なっ……私、は、」
「だから!」
違うって言ってるだろ!?と半ばキレ気味に言われてさすがのアーチャーも一歩後ずさる。それに喰らい付く勢いで迫った切嗣は写真をバンバンと平手で叩いてみせて、こんなに!仲が!いいのに!と肺活量を限界まで使って叫んだ。
「付き合ってないなんて僕は信じないからね! これは明らかにアツアツな仲だ!」
「アツアツって……言語センス古すぎだろ……」
「シッ」
つぶやいてしまった士郎を咄嗟にいさめたアーチャーだったがしっかりとそのつぶやきは切嗣の耳に届いてしまって、さらに彼を加速させる。切嗣の写真を叩く手の勢いは上昇マックスで、
「仕方ないだろ僕は十年前に死んだはずの人間なんだから! それに言語センスが古くっても魔術師殺しはやってけるさ!」
「いやそこ心配してないし……」
「士郎こそ話を逸らそうとしないでくれるかな!」
「いや、逸らそうっていうか……」
たじたじの士郎に「面倒くさそうなことになった」という顔のアーチャー。また目を閉じて、開き、ゆっくりと彼は口を開く。
「いいかきりつ……爺さん。私は……オレは、こいつと付き合ってなんかいない。それはただ単にたまたま食事当番が一緒になった時の写真で、全ては爺さんの誤解なんだ。な?」
「え? あっ、え? え?」
急に話を振られてあたふたと慌てる士郎に、眉を吊り上げ耳を引っ張り(……話を合わせろ!)とささやくアーチャー、士郎はそのささやき声に危うく反応しかけてしまいながらも堪えてこくこくと頷く。
仕方ないよ、だって男の子の上にエロゲの主人公だもの。
「そうだよ爺さん、誤解なんだ。俺たちは付き合ってなんかないよ、それぞれに好きな相手はちゃんといるし……」
「誰なんだい」
「えっ」
「誰なんだい、って聞いてるんだよ。いるんだろう? 好きな相手が。だったら名前くらい教えてくれてもいいじゃないか」
だって僕は君の父さんなんだから。
拗ねたようにつぶやく切嗣に、挙動不審な動きを見せる士郎。
「僕を信じられないのかい士郎?」
わっと顔を覆った切嗣、けれど手の、指の隙間からしっかりと見ている。その視線に追い詰められながらも士郎は、
「えっと……セイ……バー……じゃなくて遠坂……じゃなくてさく……ら……でもなくて……えっと……」
「士郎!」
「はいっ!」
つい敬語で背筋を伸ばして返事してしまった士郎に、切嗣は恐怖すら感じさせる勢いで迫る。その表情は鬼気迫っていた。
「士郎はそんなに気が多いのかい!? 駄目じゃないか、子供の頃あんなに僕が教えただろう!? 女の子の扱い方を! だったら!」
「あーうー違うんだ、違う、違って、違って、えーっとえーっとえーっと」
士郎はもう見ていてかわいそうになるほどあたふた慌ててしまい、その末に。
「……ここにいます」
「なっ!?」
隣にいた、アーチャーを、指差していた。
「衛宮士郎!? よりにもよってオレだと!? 貴様、何を血迷って――――」
「だって仕方ないだろ!? 本当のことなんだからっ!」
「なっ……」
息を呑むアーチャーに、ぐぐいと迫ってくる切嗣。やっぱり!と語気は荒く、その勢いは相手の撤退を許さない。
つまり、ふたりのエミヤの逃げ場はないということだ。
「やっぱり士郎たちは同じ存在同士なのにお付き合いをしてるんだねっ! お父さん……お父さん、許しませんからねっ!」
「爺さん許してくれ! 俺は……俺はっ!」
「……ああもうっ、」
オレを巻き込むなー!というアーチャーの声は、残念ながら士郎と切嗣の喧騒に掻き消されてしまったらしい。


back.