「これは……その……とても」
斬新な料理だな。
とは光の御子のニコニコスマイルの前では言えず、アーチャーは言葉の続きを飲み込む。
『なあ、アーチャーよ。おまえの料理すごく美味いぜ。いつも腹いっぱい食わしてもらってる。だけどよ』
オレも、料理出来るんだぜ?

驚いた。少しだけ、驚いた。サバイバル能力を持つ男だ。簡単な料理くらい出来るだろう。それでもランサーがそう言い出したことでアーチャーは、ほんの少しだけだけど、驚いたのだった。
『料理を? 君が?』
だからちょっとだけ、聞き返すような口調になってしまったのはノーグッドだったと思う。しかしランサーは気にした様子もなくカレーライス(もちろん、出来合いのルーなどから作るのではなくスパイスを調合して作ったものだ)を一掬い乗せたスプーンを口に運んでこくこくと頷く。
夏の季節にカレーライス。甘口でも辛口でもなく中辛を。それは何事も中庸がいいと教会で、マスターとの生活で学んだランサーの経験。
具はごろごろっと大きめのものを。食い応えがあると言ってランサーは喜ぶ。とても。
肉はチキンだ。鶏肉の胸肉を。豚肉は堅くなってしまうから。牛肉は何だか家庭の味のカレーライスにそぐわない気がして。まあ、消去法という奴である。
きゅーっと冷たい氷がからんころんと浮かんだコップ一杯になみなみ注がれたやはり冷たい水を一気飲みして、隣のアーチャーがすぐさまレモンのスラッシュが浮かんだポットからお代わりを注ぐのに、ランサーは言った。
『たまにはおまえにも作ってやりてえってこれ食ってて思ったんだ。だってよ、オレたち恋人同士だろ? だからってされっぱなしじゃ割りに合わねえ』
要するに、彼氏の甲斐性を見せたいと。
そういうことなのだろう、あかいあくまの遠坂凛がいたのなら胸を張って意地悪げにまさに小悪魔のように微笑んで言うはずだ。
よかったわねえアーチャー、あんた相当愛されてるわよ!
オールメンバーでわくわくざぶーんに出かけていてくれてよかった、ありがとう新聞屋さん。無料チケットをありがとう。
トレイを脇に挟んで思いに浸るアーチャーに、ふと声が降ってくる。
『え?』
『え? じゃなくて、よ』
おまえは何が食いたい?
肉、魚、それに野菜も何でも来いだ。
胸をどんと叩いて請け負うランサーにきょとんとした顔を向けて、顎に空になった手を当ててアーチャーは思考した。うーん。
ランサーは面白そうにそんなアーチャーの姿を見つめている。
やがてアーチャーは言った。依然面白そうな顔をしているランサーに向けて、負けないようにと笑ってみせながら。
『それでは』


『それでは、君のとっておきのものを』


……とは、言ったが。
出てきたのはまず、魚。串に刺さってぱちぱちと爆ぜる炎に焼かれるのは海で釣れた鯖。そしてボウルに山盛りに盛られた……野草。
いや、ランサーのために言っておこう。野草も食べられるものはある。ただ、あまりにも盛り付け方が豪快だっただけで、一見アーチャーがそれを、食べ物だと把握出来なかったからで。
「味は付いてる。まあ薄かったら追加も出来るから、まずは食ってみな」
光の御子のニコニコスマイル。どこに出しても恥ずかしくないほど眩い。くらくらと目が眩む。夏の日差しを背負ってうつくしい。さすが太陽神の血を半分だけとは言え、引く男だ。
「魚はもうちょっとだな。焦げたくらいが美味いんだ」
「あ……ああ……」
山盛りに盛られたボウルより一回りくらい小さなボウルにてんこもりに盛られたサラダ?らしきものを突き出される。するとそれには確かにドレッシングらしきものがかかっていて、ぴんとした香ばしい匂いが鼻をつく。
フォークを使って掬うように持ち上げて口へと運ぶ。あーん、と少しみっともない顔になったかもしれないけれどこの料理の前で優雅にだの何だのは似合わない。
もぐりと大口に頬張ってもぐもぐと咀嚼すると、アーチャーは目を丸くした。
「…………!」
「? どした?」
ちょっとばかり心配したかのようにランサーが聞いてくる。それにぱたぱたと片手を振って、アーチャーは慌てて口の中の野草をもぐもぐと咀嚼した。
ごくん、と喉の音を立てて飲み込む。
「……美味だな!」
「――――」
ランサーが、驚いた、顔をした。
「これはどんな調合をしているんだ? 酢を使っているな……けれど他に見当が付かない。木の実も入っているな。君オリジナルのレシピなのか?」
「い、いや、レシピっつーか……影の国に修行に行った時に習ったもんで……」
「なるほど、槍術と共に教わったというわけか。……魚は?」
「へ?」
「魚だ。もう焦げてきている。そろそろ食べごろではないかね?」
「あ、ああ、」
慌てたようにランサーが火の傍から串に刺さった鯖を取り上げた。ひょいとバケツリレーでもするかのようにアーチャーに渡してくる。
アーチャーは熱々のそれを躊躇いもせず、腹からがぶりと齧った。
「……っ熱」
「って馬鹿、おま、当たり前だろ!」
まるで「ぺっ」しなさい!と焦ったように言うかのようなランサーの前ではふはふと魚の身を持て余しながら、冷ましながら、アーチャーはその身を味わう。
そうやって充分に噛み締めて――――ごくり、とやはり音を立てて飲み込む。
「これもやはり美味だ。何か味付けでもしているのか?」
「あ? ああ、いや。何も特には。釣ったそのまんまのを、串にぶっ刺して焼いてるだけだよ。これも影の……」
「はは」
港で。
ふたりっきり。
まだ身の残る串を手に、アーチャーは笑った。笑って言う。ごちそうさまと。そう言えばランサーは言う。焦った顔を笑顔に変えて。
「……まだ残ってるぜ? おまえのために作ったんだから、今日は腹いっぱい食ってってもらうからな」


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