何故だ。
「おいフェイカー。茶が温いぞ、この前に適温を教えたばかりではないか」
何故なんだ。一体、一体何故なんだ。
「おいフェイカー!」
「わかっている! 庭のハーブの世話を終えたらすぐ行く!」
大声で叫び返せば我より草を優先するのか!とわがまま満載の答えが返ってくるかと思ったが意外とそれはなかった。代わりにふん、と鼻を鳴らす音が聞こえ、カップをだん!とテーブルに置く音がする。……まあ、待っていてくれるならそれでいい。それがどんな理由だとしても。
それにしても何故なんだ。思い返してみれば記憶に障害がある。ハーブの世話をする手を止めて、うーむと理由を探ってみると。
“ねえ、アーチャー”
“どうしたんだ、凛”
“あのね、ちょっと言い辛いことなんだけど……”
「まだかフェイカー!」
……覚醒した。思い出した。すぐさま忘れたくなった。
頬を可愛らしく赤らめたマスターこと遠坂凛は、両指を絡め合わせて全くもって不条理なことを言い出したのだ。


“あのね?あなた、借金のカタとして金ぴかのところに行ってくれない?”


遠坂家の魔術は宝石を利用する。そしてとにかく金を食う。それが限界に至ったのだ。借金に次ぐ借金、衛宮士郎やライダーまでにならまだよかった。けれど、相手が英雄王となれば話は別だ。
“小娘よ。我は王であり全知全能の存在である。だが、無償で金をばらまく気はないぞ?”
借金の代わりにフェイカーを差し出せ、と。
英雄王はそう言ったのだ。
「本当に何故私などを……」
「貴様は単なる贋作屋でしかない。しかし、見方を変えてみればなかなかに面白い。ならば手に入れてみるのも面白いと思ってな」
「…………」
えー。
そんな理由?
凛から話を持ちかけられた時には激昂しかけたアーチャーだったが、逆ギレした凛に押されてどうしようも出来なかった。
“わたしだって嫌よ!あんな男にあんたをみすみす渡すなんて!でも仕方ないでしょ!?最後の手段なのよ!!”
彼女の叫びは切羽詰っていて、アーチャーはそれきり何も言い返せず。
“いーい、アーチャー。隙をついて逃げてらっしゃい。色仕掛けしても構わないから、とにかく逃げて逃げて逃げてくるのよ!”
その色仕掛けが成功してしまった場合はどうすればいいのだろう。余計に取り込まれて逃げられなくなるのではないか。あの天の鎖とやらに捕らえられて。
「おい、フェイカー! 腹が減ったぞ!」
「……すぐ行く!」
鋏とじょうろを手に、窓へと向けて呼びかけたアーチャーだった。


ふわっふわのシフォンケーキ、ホイップクリーム添え。
「うむ! なかなかの味であるぞ!」
英雄王は子供舌だったらしい。
紅茶味のシフォンケーキを嬉しそうにパクつく英雄王にちょっとばかりの意外さを覚えながら、アーチャーは空になったカップに紅茶のお代わりを注ぐ。温いと言われたばかりなので、少し熱めにした適温で。
どうやら今度の温度はお気に召したようで、文句のひとつも出てこなかった。
「次はないのか」
「……次?」
「代わりを持てと言っているのだ!」
あー、そうですか。
「……そのように」
恭しく一礼して、アーチャーは空になった皿を片付けてついでにカップもトレイに載せる。今度は違った茶葉にしようという考えだ。
ダージリンにでもしようか……などと思っているアーチャーの服の裾が、ふと何かに引かれる。
振り返ったそこには、シャツの裾を掴む英雄王がいた。
「貴様は共にせんのか」
「は?」
「共に飲み食いをせんかと言っているのだ」
「……は?」
「貴様は耳が遠いのか」
……失礼な。
「英雄王は独りで三時のスイーツも味わえないほどの寂しがり屋だったのかな?」
「違う。王を独りにするなど許せんことだからだ」
「…………」
「…………」
「……わかった、従おう」
だからせめてお茶の用意はさせてくれ。
そう言って複雑に微苦笑する、アーチャーなのだった。


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