曖昧朦朧な金色の瞳。
流れるは深く青黒い髪で、それは金色の髪留めで止められている。
それを指先で愛撫するかのようにぱちんと弾いて解いて、黒い弓兵は恍惚とした笑みを浮かべた。
まるで霧がかかったような黒い槍兵とは打って変わってどこまでもどこまでもどこまでも澄んだ金色の瞳で槍兵を見つめる。はぁ、と熱い吐息がやけに赤い唇を割って漏れた。
「ランサー」
言ったが早いかくちづけて。すぐに舌を捻じ込む黒い弓兵にも黒い槍兵は無反応のまま、指先一本すら、髪の先一本すら動かさない。
さながら彫像であるかのように凝固している。だが舌は絡め取られ唾液をたっぷりとまぶされて、ぬるぬると生き物のように動く。ただ。
ただ、そこだけが。
そこだけが、生きているように動いている、場所だった。
「ん……ふぅ……ンサー……、っ……ランサ……」
「…………」
沈黙。沈黙沈黙沈黙沈黙。
口端を涎がつうと伝っても黒い槍兵は反応のひとつすら返さない。それを黒い弓兵が舌を出して拭い取って、糸を引いてそのまま飲み込んでしまう。
そして跨った黒い槍兵の膝の上にもっと密着するように体をぐりぐりと押し付けると、胸元まで密着するかのように近付いていった。
完全なマウントポジション。生かすも殺すも活殺自在。だがそんなこと黒い弓兵には関係もない。
愛することだけ。それだけが、したいこと。
ランサーと名の付く存在ならば、アイルランドの英雄である光の御子でも、その幼き姿を写した者でも、獣と化した青い毛のけだものでも。
……そんなものだから当然、黒い槍兵である彼にも執着して、愛しようとする。
けれど愛は返ってはこない。黒い槍兵には心がない。自発心がない。自立心がない。自ら何かをしようという気持ちがない。
主である白い髪の、彼らと同じく赤い紋様を肌に這わせた赤黒い瞳の少女の命でなければ、何かをしようともしないのだ。
“殺せ”
“生かせ”
それでさえも、命じられればその通り。


“愛せ”


……それでさえも、命じられれば思うがまま。


「ランサーさん」
毒のように甘い声が響く。絡み合うふたりが見ることはない、そこにぽつんと影に抱かれた独りの少女。
彼らの主である彼女は命じた。抜けるような白い肌を、指をついっと上に持ち上げて、蟲を指すようにして。
「アーチャーさんを、……先輩を抱いてあげてください」
がっ。
起こったことは俊敏加速。
それまで身動きひとつしなかった黒い槍兵が弾丸のように爆発したダイナマイトのように腕を跳ね上げて、自分の上に乗った黒い弓兵を吹き飛ばした。まったく予想だにしていなかったであろう、いや、していても逆らう気など一ミリもなかったであろう。
跳ね飛んだ黒い弓兵は瓦礫に、壁にぶつかってそのまま頭を垂れ、ずるずると崩れ落ちていく。そこに跳んだ。
黒い槍兵が、音もなく跳んでいた。
「らん、さー」
ぶつかった時に切れたのか、噛んだのか、黒い弓兵の唇が切れていた。ひとすじ流れ落ちる血を啜るように乱暴に、黒い槍兵は黒い弓兵にくちづけた。
「っん……」
先程の反転現象。舌を捻じ込んだのは黒い槍兵の方。
ねちっこく、抉るように熱い舌を奥まで入れ込み、黒い弓兵を陶然とさせる。
「あぁ――――」
息の継ぎ間に漏れるは喘ぎ。
くちづけだけで高まる体、なんてなんて簡単に。
だけれど仕方ないだろう?いつだって彼の体は満ちているのだから。
そう。“槍兵たち”への劣情に。
一方主によって命じられた黒い槍兵は命令を実行しようと動く。ぐちゅぐちゅと粘着質な音を鳴らし唾液を啜り流し込み、黒い弓兵を悦ばせる。
「あ、ふっ」
「…………」
それでもただただ無言。愛の言葉など彼にはない。言葉はとうに失った。今の彼はある種の狂戦士。主の命だけによって動く、狂戦士だ。
主は言った。
“黒い弓兵を抱け”と。
「あ、――――!」
黒い聖骸布を引きちぎるように剥ぎ取り、鎧部分を露出させて露わになった肩に噛み付く。と、黒い弓兵が叫びのような声を上げた。痛みにではない。悦にだ。
白い肌に残る歯形がいくつ?そこから流れる血の量は?
心臓を止めるほどの快楽を黒い槍兵が黒い弓兵に与えるのはあとどのくらいしてから?
壁に黒い弓兵の体を押し付けて痕を付けていきながら、黒い槍兵は下肢を嬲る。「ぁん」と明らかに感じ入った声を上げる黒い弓兵の様子など見もしないで黒い槍兵はただただ命令の実行を目論む。
荒々しい、白い手の愛撫。それは先程の黒い弓兵の愛撫とは違ったけれど、それでも愛撫と言えるものだった。
それが証拠に黒い弓兵は主と同じ、透き通るような白い肌を仄赤く上気させて口を半開きにして嬌声を漏らしている。
「ランサ、ラ、……ぁあっ! っと……もっと……っ!」
白い手が抱え込むように青黒い頭を抱く、そのままもぎ取ってしまうかのように強く。
曲がったサロメ。くるくると狂喜に踊るのだろう。
愛しい相手の首をもぎ取った黒いサロメは、もう何を話しかけても答えない愛しい相手に向かって延々と永遠に語り続けるのだろう。曲がった、歪んだサロメ。
そんなふたりを少女は見ながら、そっとため息をつくのだった――――。


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