ぱしゃん、と。
ぶちまけられたその赤い液体は大半が白い足を伝って、飛沫が褐色の頬へと飛んだ。
思わず片目を閉じてしまったアーチャーへと、低く鋭い声がかけられる。
「舐めろ」
「…………っ」
ぽた、ぽた、ぽた。
未だ赤い液体は白い足を、甲を、指を伝って流れ落ちてくる。アーチャーは目に入った飛沫を拭うことも許されずに、椅子に腰掛けて足を組んだ男を見る。
だがしかし男はそれを許さない。許してもらうことを許さない。押し付けることも、無理矢理に含ませることもしなかったが、ただただ視線だけでアーチャーを眺めやる。
「舐めろ、って言ってんだ」
男の鋭い声がもう一度飛んだ。アーチャーは思わずびくりとしてしまってから、目を閉じた。そして、赤い舌を伸ばす。
そして、男の足にその舌を這わせた。
「ふ……っ、ん、ぅ、」
赤い液体の正体、それは年代ものの赤ワイン。それを惜しげもなく自らの足へとぶちまけた男は、足首へ、甲へ、足指へと舌を這わせるアーチャーを見ている。じっと。
「う……ん、ぁ、」
やがて全ての赤ワインを舐め取ったアーチャーは頬を紅潮させて、何故だか乾いた喉をこくりと鳴らす。水分ならばもう、とっくに充分に摂ったはずなのに。
男はそんなアーチャーを見て、くい、と足を動かす。
「ぁ」
足先で顎を持ち上げられ、アーチャーは呻く。その喉には無骨な鎖。その行く先は男が握っている。じゃらり、と音を鳴らして引けばアーチャーは簡単に体勢を崩してよつんばいから床へと伏した。それを見て男は初めて口端に笑みを浮かべる。豪奢な絨毯。赤ワインで汚れた、絨毯。
「ラン、サ、」
「呼んでいいって誰が言った?」
その言葉は字面だけ追えばひどく酷いものであるが、笑みを浮かべているためにどこか悪戯げにも見える。その通り男はにやにやと笑っていた。
心から、心から楽しそうに。
「おまえはオレの……何だ?」
「っ……」
「なぁ、何だ」
一転して親しげに男が聞いてくる。アーチャーは床に伏せたままびくん、と一度震えた。プライドにつきん、と突き刺さるもの。けれど長くは黙っていられない。男が怒ればどうなるか。アーチャーは知っている。自分が一体どんな目に遭うのか。アーチャーは知っていた。だから。
だから。
「……だ」
「ああ?」
聞こえねえよ、と男が気だるげに聞いてくる。顔には未だにやにやとした笑み。その顔を見ないようにして、アーチャーは消え入りそうな声でつぶやいた。
「奴隷、だ」
「……六十点」
何かが伸びてきて、顔を上げさせられた。避けていた視線はけれど合わせられ、目の前には端正な男の顔。
「性奴隷。……だろ?」
「!」
すぐさま逃げを打とうとする、けれど出来ない。鎖は男の手にあるのだから。
「っ!」
サディスティックな力の入れ方で振り回されて、床の上にごろんと転がされる。黒いシャツとスラックスが皺になる。
白いシャツと黒い革パン姿の男はにやにやと笑みながら、まずは上から一つ目のボタンに手をかけた。丁寧に外していってくれるのかと思えば――――。
ビリッ。ビ、ビ、ビ。
紙のように引き裂かれたシャツ。それを一度眺めやるとけれど興味を失ったというかのように捨て去って、男はアーチャーの上へと圧し掛かってくる。マウントポジション。逃げ場はない。完全に退路は絶たれてしまった。
ジ、ジ、ジ。
死にかけの蝉が鳴くような音にぼうっとして刹那、床に落とした視線を戻してみれば。
「――――!」
「舐めろ」
男自身が、アーチャーの目前に突きつけられていた。それは熱を持っていて、脈動していて、雄の匂いがしていて――――。
「出来ねえわけねえよなあ? “何度も何度も”やってきたもんなぁ、アーチャー?」
こんな時ばかり名前を呼んで、と、悔しさかあるいは切なさにか心を掻き乱されずにはいられない。その間も男自身はアーチャーの唇に押し当てられて、そこを分け入って侵入しようとする。
「っ、やめ……」
「馬鹿が」
自分から、口を開けたな。男のそんな冷静な指摘に我に返る。その時はもう、遅かった。
「ん……んんっ、ふ……ぅ……」
初めからいっぱいに含まされてくらくらする。後頭部を抑えられて逃げられない。ずちゅ、ずちゅ、と濡れた音がする。鼓膜で、脳内で、響き渡る。だんだんと滲み出てくる体液の味。さっきの赤ワインとは比べ物にならない酩酊感を運んでくるもの。甘い。……サーヴァントは、精喰らいのものだから。
「んくっ、う……っ、」
口内で男自身がどんどん大きくなっていく。それ自体に快楽を感じ始めたアーチャーは懸命にその疼きを抑えようとする。
それでも。
それでも。
とても、抑え切れなくて。
「ん……――――っ……」
びくんびくん、と体を何度も震わせてアーチャーは果てた。同時に、男自身も口内で弾ける。
だがそれは全てをアーチャーの口内に吐き出す前に抜き去られ、アーチャーの髪に、顔に、鎖骨に、胸元に、吐き出される。
「ぁ……」
白濁まみれとなって呆然とするアーチャーに男は言う。毎度の台詞を。
「よく出来たな、アーチャー?」
だから、アーチャーは男に逆らえないのだ。


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