「ん……っ……」
奥まった、襖を閉めた一室。
アーチャーの低い声が、沈黙を割るように転がった。
それにランサーは白い額に汗を滲ませ笑いながら、
「おいおい、もうギブアップかよ? 声が泣いちまってるぜ?」
「そんなことはっ……ない……っ!」
「いてててててて」
いてえって、と言ってランサーはアーチャーの手に込められた力を弱めさせる。そして己の腰に絡めさせた褐色の生足をさらに密着させようとした。
成長しかけの欲望。それが互いの手と手の中でぬるぬると分泌される体液で滑る。


ある日ランサーは言った。
一週間に八度だっておまえを抱いていてえよ。
それを聞いたアーチャーはぽかんとして、それから真っ赤になって立ち上がると、強化した出刃包丁の柄で思いっきりランサーの後頭部を殴った。いってえ!とランサーが叫んで、君は何を考えているのかねとアーチャーが震える。
「い、い、い、一週間に八度、だと!? いいか、一週間は七日だ! そんなこともわからないのかね君は!」
「知ってるって、んなこたぁ」
それでもおまえをそれ以上抱きてえってこったよ。毎日だって、それ以上だって。
しらっとした顔で言ったランサーにアーチャーは震えたままで指の先端を突きつける。
「は、は、は、恥ずかしいことを……」
「何でだ? どこが恥ずかしい? オレからすりゃ、てめえの欲望隠してお綺麗な顔してる奴の方がよっぽど恥ずかしいね」
「わ、わ、わ、私がそうだと!?」
「違う違う、早とちりすんなって」
急に抱きしめられて頭を背中をぽんぽんと叩かれてもアーチャーの興奮は収まらない。さらに真っ赤になってしまってぶるぶると震えている。ちなみに手には、まだ出刃包丁を握ったまま。かなり危ない。見た目。
「と、とにかく、だ! 私の体が持たん、諦めろ! 毎日など……無理だ、そんなこと……」
最初は意気込んで怒鳴りを上げたアーチャーだったが、最後の方は声が小さくなっていってしまう。とうとう消え入るような声になっていってしまった。だからランサーは聞き返す。
「あ? 何だって?」
「無理だと、言っているんだっ!」
「うお!?」
いきなりの耳元での絶叫に後ずさったランサーの前で、アーチャーはぜーはーと肩で息をしている。出刃包丁がきらりと光った。
「んー……そっかー……」
呑気な口調で言ったランサーの顔が、ぱっと明るくなって。


「じゃあ、じゃあ、よ!」


こんなことになったわけだ。
「おまえが何度もやるのを嫌がるのは、体に……主に腰に負担がかかるからだろ? だったら挿れなきゃいいんじゃねえか」
「そういう……っ、は、問題では、な、い……っ、ん、」
露出した互いの性器。
それは互いの手に擦られぬるぬると体液を分泌して、妖しく濡れ光っていた。「ん、」とアーチャーが声を上げ、生理的か感情的かわからない涙目でランサーを睨み付ける。
「き、みは随分と余裕、だな。ふん、私だけ、というわけ……んっ……か、翻弄、されている、のは……っ!」
「は?」
それにランサーが怪訝そうな声を上げる。上げて、
「こんなのてめえで抜いてるのと同じようなもんじゃねえか。ただ相手の手が追加されたってだけでよ、後は何も変わんねえって」
「……〜っ、なら、ひとりでやっていればいいだろう!」
そう言って、アーチャーが立とうとする、けれど出来ない。
くたくたとくずおれた腰、おまけに腕をランサーに掴まれて。
「逃がすかよ」
にやり、ランサーは笑って。
「おまえ、傷ついたのか? けどよ、それはお門違いってもんだぜ」
「な、に、」
「おまえの手だからだよ」
は?
アーチャーの思考が一瞬真っ白になる。おまえの手だから?だから?
だからだからと繰り返し問いかけようとするアーチャーの思考が、次のひとことで断ち切られる。
「おまえの手だから、いいんだよ。ただ――――悦いんだ」
おまえじゃなければ駄目なのだと。
言外にそう言ってのけたランサーの顔は、風変わりな情事の最中だというのに真面目なもので。
アーチャーはそんな場合ではないというのに、どきり、としてしまった。
「あっ」
すると背筋に電流のようなものが走り、彼の体を弓なりに反らせ。
快楽だった。途方もない、それは快楽だった。
「ふっ……ぅ、っ、ラン、サ、ァ、」
「ん?」
「私も――――」
だから、とアーチャーはつぶやいて。
頭をことん、と仕方ねえなと苦笑するランサーの肩に乗せたのだった。


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