ぱかん、ぱかん。
背後で聞こえる音を聞きながら、結構器用なものなのだなとアーチャーは思っていた。
肉に下味をつける作業をしながら耽っていたものだから、気付かなかった。
「よお、アーチャー」
「ッ!?」
「どーどー、落ち着け落ち着け」
咄嗟に菜箸を放り出して干将・莫耶を投影しそうになったアーチャーを背後の主、ランサーが懸命に止める。当然だ、ふたりっきりのラブラブ☆クッキング作戦中(ランサー命名)だというのにいきなりぶっ殺されてたまるものかという。
「は、背後からいきなり声をかけるな!」
「え、何おまえ、もしかして結構なビビり?」
「……I am bone of my sword」
「ウソウソウソウソ! マジで! 冗談だからすぐ詠唱しようとすんな! それでこの前も嬢ちゃんに怒られただろ!?」
「……む」
なおも詠唱を続けようとしていたアーチャーが、その言葉で動きを止める。そして渋々といった風で纏っていた概念武装を人のそれに戻した。
衛宮邸の台所に概念武装、すっごい違和感。
「冗談も何も、料理中に背後に立たれるのを嫌うと私はさんざん君に説明したはずだが? 私の話を聞いていたのか? それともいなかったのかランサー?」
何故か右目を押さえ邪気眼のポーズで返事次第では……という気を発しているアーチャーにランサーはぶんぶんと首を振って。
「聞いてた聞いてた聞いてた! マジ聞いてた、いやいやマジで!」
「……そうか」
ああ。
ラブラブ☆クッキング作戦には程遠い。
ランサーがそう思っているのにも気付かず、アーチャーはそういえば、と思い出したように。
「そういえばランサー、君。結構手先が器用なようではないか……どれ」
ひょいと覗き込めば、やはりと険しかった表情が柔らかくなる。にこりとまで、微笑んでみせて。
「割れることもなく、殻も入っていない。完璧な手腕だ」
「ってな、おまえさん。オレを何だと思ってるんだ?」
「え?」
とりあえず抱えていたボウルを置いて、どん、とランサーが反らした自らの胸を叩く。表情は得意そうなものだ。
「影の国での修行から始まって、オレのサバイバル能力はちょっとしたもんだぜ? おまえほどじゃねえが、簡単なもんなら作れる」
「本当か?」
微笑みが驚きに変わって、ああこいつ鉄面皮かと思えば結構くるくる表情変わるんだったよな、とランサーは思った。
それを間近で見られる自分の立場は、結構なラッキースポットだ。
「例えば一体何が作れるんだ?」
お。
さすが家事全般(特に料理)が得意なサーヴァント、食いついてくる。ランサーはそうだなー、などと思案する振りをしてみせて。
もうとっくに決めてあったメニューを、もったいぶって口にした。
「そうだな……」


ほわー。
まるでそんな風な顔で、アーチャーは目の前のものを見ている。その隣でランサーは得意げに、にこにこと笑っていた。
ランサーが作ったのはちょっとしたオムレツ。もっとも半熟だとかそういうものは作れなくてしっかり火は通ってしまっているけど、食べるのに何ら支障はない。
形はちょっと崩れているがまあご愛嬌。やっぱり味には関係ないから。
「どうだ?」
「……驚いた」
うんうんそうだろう、と満足げに頷くランサーを尻目に、アーチャーはじっとオムレツを見つめていた。まるでオムレツに恋してしまったかのように。
それは嫌だから、ランサーは早く早くとアーチャーを促した。
「な、早く食ってみろって。冷めちまうと美味くねえからよ」
「あ、うん、うん、うん、」
本当に驚いたようにアーチャーはフォークとナイフを手に取って、またそれをテーブルに置いて、「いただきます」と手を合わせて頭を下げた。
その一連の動作にランサーはおかしくなってしまって、くくくく、と引き攣った笑いを漏らしてしまった。ただしこっそりと。
「ん。ん……」
ようやっとオムレツを口に含んだアーチャーは目を丸くして、咀嚼を忘れたように固まると、しばらくしてからもぐもぐとやりだす。しっかりとよくよく噛んでから、っくん、と喉を鳴らして飲み込む。
その仕草がやけに幼く見えて、やましいことは何もしていないのに(むしろ食事を作ってやった立場なのに!)ランサーは挙動不審になる。
それを抑えて聞いてみた。
「……どうだ?」
「…………」
まだ口の中のものを飲み込めてなかったのか、答えないアーチャーを待ってやって、また、っくん、という嚥下音を聞く。
やがて全てを飲み込み終えたのか息をつくアーチャーに、グラスに注いだ水を渡してやってランサーは先程と同じ台詞を繰り返す。
「……どうだ?」
「……うん」
にっこりと笑って、アーチャーは答えた。答えて、付け足した。
優しい味がするよ、と。
「君が作ったからかな。温かくて、優しい味がする」
そんなことを言われれば止められなくて。
ランサーは、思わずアーチャーを抱きしめてしまっていたのだった。
ラブラブ☆クッキング作戦大成功。


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