少年は、執着する。
男に、執着する。
“正義の味方”に執着する。
かつての友に、執着する。


「え、え、え、衛宮。おまえが悪いんだからな。おまえが悪いんだ。おまえが――――」
一体何が悪いと言うのだろう?組み敷かれた褐色の肌の男は不思議に思うものの、本当の理由は知っている。
置いていって済まない、慎二。
男の名前はアーチャー。真名は英霊エミヤ。かつての名前は衛宮士郎。
慎二……間桐慎二の友だった。
間桐家の照明はひどく絞られていて、辺りの調度品は判然としない。けれどそれは人の目の話。
アーチャーのサーヴァントである英霊エミヤの鷹の目スキルであれば、食器棚の木の年輪でさえ確認出来る。そう、そもそもそんなものが確認できるのならば。
ならば――――自らを組み敷く少年、慎二の顔なんて見えすぎて困るほど見える。
本当に困ってしまう。だって少年の顔は歪んでいたから。
“どうして”
“なんで”
“おまえが”
“おまえは”
“ぼくの”
“ともだちだったはずなのに”
“なんでかってに”
“なんでかってに”


何で勝手に、僕の知らないところで死んだんだ。
僕の知らないところで、そんなものに成ったんだ。


おそらく少年の心の内ではどす黒い感情がとぐろを巻いている。そして少年さえ取り込んで締め付けて息が出来なくしてしまうのだ。
「っ」
少年は英霊エミヤの首を絞める。もちろんサーヴァントの体だ、ただの人間が傷つけようとしたってそんなの叶わない。それでも苦しい。感情が。
触れ合った肌と肌とから伝わってくるのだ、どす黒い感情が。
「ぼ、ぼくが、ぼくが悪いんじゃない、おまえだ、おまえが悪いんだ、笑わせるな! この、この化け物! 人じゃないくせに、人じゃないくせに!」
ああ。
そうだよ慎二、オレは化け物だよ。
ほんのちょっと指を動かすだけで、おまえを殺すことが出来る化け物だ。
「慎二……」
それでもそんなこと出来ない。したくない。だって彼は友達だった。
英霊エミヤは手を伸ばす。もちろんそれは少年を殺すためではない。びくり、と未だ英霊エミヤの首を絞め続ける少年は身を竦ませたけど、手は少年の汗で湿る頬を撫でて。
「ごめんな、慎二」
「――――馬鹿に」
するなぁっ!!
首に爪が食い込む。きっと少しは痕が付く。けれどそれだけだ。それ以上は何も出来やしない。
だって少年は人間で、英霊エミヤは化け物だから。
「何が、正義の味方だ――――!!」
うん。


オレはただのひとごろしの化け物だよ。


だから早く殺してしまって、別のサーヴァントを呼ぶといい。間違っても教会に行ってはいけない。言峰綺礼は悪者だから。おまえは地下室の子供たちみたいにされてしまうよ。だから。
だからね。


早く、オレを殺すといいよ。
そんなこと出来やしないって、わかってるけど。


呼吸も妨げられない。爪も痛くない。ただ、心が痛い。
あれ?でもそんなものオレにあったっけ?人が持ってる心ってやつ、オレはそんなもの持ってたっけ?
よくわからなくなってきた。酸素が足りないのかな。まさか。
だってオレは化け物なのに。
化け物が心が痛いなんて言っちゃいけない。そもそも化け物には心がない。
それでも慎二、血を流すんだ。
おまえの言葉で。おまえとの昔の思い出で。オレの心とやらは血を流すんだ。
もう、思い出なんてほとんど覚えてないのに。
「え、みや――――」
見れば、慎二は泣いていた。オレは驚いて、そして困ってしまう。どうしよう。
慎二の頬に伸ばした手が、触れた手が、濡れる。
オレは困ってしまって、ただずっと、慎二の頬に触れていた。


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