「というわけで、キビシスです」
かっこ(はあと)なんて付きそうな甘え声で桜さんはそう言いました。弓子さんこと女体化アーチャーはリアクションが取れません。当然のことでしょう。
だって甘い香りがしたと思えば意識がふと途切れて、目が覚めたら紗のかかったふかふかのベッドの上にいたのですから。
キビシス……キビシス……何か記憶の底で蠢くものがありましたが思い出せませんでした。あと衛宮士郎殺す、と何となく思いました。
「ふふ、アーチャーさん可愛い。男の人のときも可愛かったですけど、女の子になっちゃったらもっと可愛いですね」
(はあと)を付けつつ桜がにじりよってくる。どこかその瞳は赤黒い。髪も藤色から白に変わってきちゃってあらららら。
「さ、桜。君は少々おかしくなっているんだ。女性である君が女性である私に劣情を抱くことはないだろう? そうだ、衛宮士郎を君は……」
「先輩は別腹です」
えー……。
「サクラ」
そこで、冷静なライダーの声が響いた。はっとアーチャーは覚醒する。そうだ、彼女なら――――!
「私としては早く彼女の血を吸わせていただきたいのですけれど、構わないでしょうか」
「え」
「めっ。もうちょっと待ちなさいライダー。ギリギリまで可愛がってあげてからって約束したでしょう? 意識が飛ぶまで可愛がってあげて、それだったら血も吸っていいって約束したじゃない」
「ですが……サクラ……」
明らかにうずうずしているライダーさん。アーチャーさんはオワタorz状態になりました。どちらも自分の敵だ!
「冗談じゃない! 私は失礼させてもら……」
「あら」
逃がしませんよアーチャーさん?
そこに。
しゅるりと巻き付くは、桜の黒い影とライダーの長い髪。触手じみたそれがしゅるしゅるとアーチャーの柔肌に絡みつき、身動きを封じている。
「えっ、なにっ、なにこれっ、ちょっと待っ、桜っ、ライダーっ、」
「緊縛プレイって美味しいですよねー」
「か弱いものを自由自在に絡め取るというのはぞくぞくします」
ライダー、完璧に発言が蜘蛛女です。本当は蛇女なのに。
「さて……ライダーには悪いけど、先にわたしが楽しませてもらいますね」
甘い声を低めて桜は身動きが取れなくなったアーチャーの体に手を這わす。まずは頬、それから首筋、鎖骨、そして胸元。
「ふふ、やわらかぁい……」
うっとりとした、恍惚の喘ぎを漏らして桜は大きいアーチャーの乳房を揉みしだく。そのまま胸の谷間に顔を、鼻先を埋めるように摺り寄せていく。
桜が顔を摺り寄せる度に、たわわなアーチャーの乳房は形を変えて桜の顔を包み込んだ。
「甘い……香りがします……」
「なっ、そんなものっ、」
「いいえ、します。とってもおいしそうな匂い……」
ぞくぞくっ。
その瞬間背筋に走った怖気に、アーチャーは快感に似たものを覚える。捕食者とその対象。命の危機にさらされた者の感じる感覚だ。
「うあ……っ……」
ぺろり。
赤い舌がアーチャーの首筋を舐めていき、彼の(今は彼女だが)の体を震わせる。かぷかぷと甘噛みをされびくん、びくん、と彼女の体は震えた。
「サ……クラ……」
その時、耐え切れないといわんばかりの声が彼女らに投げかけられた。桜とアーチャーがそちらの方向を見てみると、舌を出したライダーがふるふると顔を赤くして少女たちふたりを見ていた。
蕩けたそのまなざしはひどく色っぽく艶めいて、涙さえ浮かべんばかりのぎりぎり感を湛えてふたりを眺めていたのだった。
「ああ、ライダー」
桜はそんなライダーを見るとアーチャーに施していた愛撫をいったん止めて、彼女の方へと向かっていく。もちろんアーチャーの拘束は外さないまま。
桜のたおやかな白い手がライダーの紅潮した肌に触れる。あぁ、とライダーが吐息を紡ぎだして、
「サクラ……サクラ、私にもどうかご慈悲を……あのように美味であろうことが伺える彼女を目の前にしてお預けなどと……私には……私には……」
「そうね、ごめんなさいライダー。ちょっといじめすぎちゃったわ、本当にごめんなさい。そうね、」
そうね、と彼女は、間桐桜は言って。
「!」
しゅるしゅるしゅるっ、と、影の拘束からアーチャーを解放した。
「そうね。ライダーにも、おすそ分けをあげなきゃ」
するり、するりと。
その言葉を受けて、アーチャーの体に絡みながらライダーの髪がほどけていく。だがその髪は刻一刻と、アーチャーをライダーの元へと招いていた。
やがて――――ライダーの胸元に収まったアーチャーはどこか怯える瞳でライダーを見上げる。魔眼。その力のせいか、身動きすら上手く行かなくて。
「耐え兼ねました……あなたの血の匂いが私を狂わせる……アーチャー、怯えずに私にその身を捧げなさい……」
「ライ、ダー、」
かっ、と。
ライダーの口が大きく開いて、白い牙がぎらりと光った。それは。
「あ……!」
衝撃と驚愕にアーチャーは驚きの声を上げる。だがしかしそれは、だんだんと火照った喘ぎに変わっていく。
「や……! ライ、ダー……! やめ……!」
奇妙な感覚にアーチャーは身を捩って訴えるが、ライダーに止める様子などない。むしろじゅるじゅると彼女らしくないはしたない音を立てて血を啜り、陶然とした瞳でもってアーチャーの体に流れる血を全て吸い取らんとばかりに牙を抉らせる。それによってアーチャーは身を捩らせるばかりだ。
「ライ、ダァ……ッ……」
「ふ……ふ……」
牙を食い込ませてライダーが喉を鳴らす。力の元、血液が吸い取られていく感覚。
妖しく耳元で笑うライダーの声、同じく桜のそれ。その二重奏を聞きながら、アーチャーの意識は途切れていった。


「!」
跳ね起きる。辺りは薄靄の立ち込める紗の世界ではなく、見覚えのある衛宮邸で。
アーチャーはそれを確かめると吐息をついて、はっと覚醒すると素早く首筋に手をやってみるが、何もない。
(夢……?)
もしくは幻影、サーヴァントが夢など見ることなど有り得ないから後者の確立が高い。
「アーチャーさん?」
肩がびくりと跳ねる。振り向いてみればそこには騎主従の姿。
藤色の髪の少女が、心配そうにアーチャーを見ている。
「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ?」
幻影の中でのあの少女が蘇る。けれど。
「何でも……ないんだ」
「本当ですか? ……無理、しないでくださいね?」
「ああ」
ありがとう、と返事をして背を向けたアーチャーが、彼女らの微笑に気付くことはなかった。


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