「ん……っ……、この……変……態っ……」
喘ぎながらも、私は彼を悪し様に罵っていた。顔を明らかな興奮に赤らめながら。それでも屈辱に体を打ち震わせながら。
いま、私の足の指は彼の口の中でくちゅくちゅと音を立てていたぶられている。いたぶられている、まさにその表現がぴったりで、たとえば私の足の指に彼の舌だとか歯だとかが当たるたび、私はびくびくと震えてしまうのだった。
それは耐え難いことだ。だってこんなの破滅している。最低だ。
最低の変態だ。私も彼も。
どいつもこいつも狂ってる。人の足の指を舐めて悦んでる奴も、足の指を舐められて悦んでる奴も。
どいつもこいつも変態だ。思考が狂う。私が私でなくなる。平常を失う。理性が弾け飛びそうになって、いつもの虚勢がとてもじゃないが張れない。
そんなものを張る暇があるのなら口から勝手にこぼれ出る喘ぎ声を抑えることに力を使うだろう。
それにしてもどうしたって、こいつは人の足の指を口に含んでいるのだろう。汚いじゃないか。床などに触れている箇所だぞ?
汚れている。心の中と同じくらいに。だからそこを責められるとたまらない。思わず声が出てしまうのを止められない。どうしようもない。だって仕方ないじゃないか、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、
……けれど、私は頭がおかしい。
もっと下品な言葉で言うなら、私の頭はいかれている。
「ん……」
彼の口からかすかな声が漏れる。それは低くてずんと腰に来て、思わず震えが来てしまう。やめてくれ。そんな声を出すのは。
卑怯だろう?足の指を舐めながらそんなひどい声を出すのは。
ひどく、セクシャルな、声を出すのは。
「やめっ……ランサ……っ……」
ようようやっと彼の名前を呼ぶが続きは出ない。すぐさま喘ぎに変わってしまって私は体を仰け反らせてしまう。指を吸われて甲高い声を発してしまった。
我に返ってたまらなく恥ずかしくなった。とっくに恥ずかしかったが、さらに死にたくなるくらい恥ずかしくなった。
そうだ。恥ずかしいことなんだ。なのにどうして私は武器を投影してでも彼を突き放そうとしないんだ?
感じているから?意識の集中が出来なくて武器の投影が上手く出来ない?だから彼を突き放せない?
ちゃんちゃらおかしい。そんなのは机上の空論だ。玩具箱の隅っこにでも速やかにしまってそのまま存在を忘れ去ってもらうべき幼稚な思考だ。
違う。そんなんじゃない。感じていたって意識の集中くらい出来る。上手くやれば一瞬で投影は終わりだ。干将莫耶程度の慣れ親しんだ剣ならほんの一瞬で。
なのにそれをしないのは出来ないからじゃなくて、したくないから。
私は悪くない。悪いのは彼なんだ。……そう言い聞かせないともう、最後のひとかけらの意識さえも自分の制御下に置けない。
「んんんっ……あぁ……っ!」
嬌声だった。足の指を舐め回されて、“クランの猛犬”そんな異名を、偉業を持つ彼に足の指をいいようにされて私は性感を叩かれてさながら楽器と化した。
その音は淫らだった。自分の耳であらためて聞いてとんでもなく眩暈がした。
床に転がっていなければ倒れてしまっていただろう。それだけは良かったことだ。いいこと探し。それは生きていく中で重要なスキル。
ほんの少しでも“良かった”ことを見つけなければ不幸ばかりになってしまう。そんなの耐えられない。
やめて。いっそ幼い子供のように乞うてしまいたかった。
やめてランサー。その行為を今すぐやめて。
けれど口はその言葉を吐かない。代わりに耳障りな嬌声を垂れ流す。足の指を舐め回されて感じて、その結果としての声を延々と吐き出している。
「ん……ちゅ」
吸った。
いっそう強く吸われて、悲鳴が出る。それは喉で詰まって外には漏れない。
ちゅ、ちゅ、とおそらくは溜まった唾の立てる音。
それは低い彼の声と合わせてやっぱりひどく淫らだ。淫らだ、こんなのは淫ら過ぎる。
私も彼も淫ら過ぎる。変態だ。あらためてそう思って、再度眩暈を感じて自分を内心でなじった。この豚とまでは行かないがそれに近い言葉でなじった。
その言葉を彼に向けたらいいのに。この変態と彼に思う存分言えたらいいのに。なのに結局言えたのは最初の一回だけであとはもう駄目。とろとろに蕩かされてしまって好き放題。
気付けば涙が溢れてきてしまって視界が眩暈だけでなく滲む。
冗談じゃない、もう嫌だ。もうたくさんだ。やめてやめてやめて助けて。
助けて。
だれか。
「ランサー……」
震える。
迷子の子供のような、声が出た。
「助けて……」
どうしてだか、当の本人である彼に向けて、私は言葉を発していた。
……ちゅ、と唾を吸う音がいったん大きく響いて止まる。
彼はじっと赤い瞳で私を見つめて、見上げて、見据えて、むしろ睨み付けて、だっていうのに慈しんで、ああもうめちゃくちゃで、とにかくそんなわけのわからない目線でこっちを見てきながらずるり、と私の指を己の口内から引き出した。
そして言う。
「怖いか?」
何だか、とっても優しい声で。
「オレのことが怖いか? アーチャー」
ずっと私の足の指を舐め回していたせいでどことなくふやけた声で、彼はそう問うてきた。
私は考えて、考えて、考えて、馬鹿のように考えて――――。


「こわい」


涙に濡れた声で、寒さに震えるような声で、けれど熱に浮かされて、そう答えていた。
彼はそんな私をじっと見つめて、そして。
「そうか」
その口がゆっくりと動く。
「でも、やめてやんねえ」
愕然とした。
慄然とした。
呆然とした。
だったらどうして聞いたのだろう。私を辱めるため?貶めるため?踏みにじるため?
いいやきっとこの中のどれでもない。きっと彼は、
「らん、さー」
私を。
私を、どんなに風変わりな愛し方だったとしても。愛したいがために、宣言をするべくあえて口を開いたのだろう。
私の足の指が再び形のよい彼の唇に飲み込まれていく。
私は絶望しながら耽溺して、その光景をうっとりと滲んだ視界に切り取って永遠とするべく収めた。


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