「アーチャー」
「どうした、時間がない。早くしろ」
「……足、挫いたみたいだ」
「――――は?」


駆ける、駆ける、駆ける。
「さすがに早いけど……何だか、複雑な気分だ」
「なら投げ出して置いていくか」
「冗談だって!」
やめろよおまえなら本当にやりそうだ、と背中で喚く衛宮士郎を背中に背負い、エミヤシロウことアーチャーは盛大なため息をついた。
時間は少し遡り、十数分前ほど。
多大な数の敵と戦っていた頃、互いに干将莫耶を投影して戦っていた“えみやしろう”たちは勝機をその戦いに見出していた。敵は多い。だが、自分たちも強い。これなら勝てる――――そう、互いに思ったのも束の間。
『……アーチャー』
『何だ』
『足』
『は?』
挫いたみたいだ。
決定的な敗戦の予感に弓兵の顔がびきりと音を立てて固まる。は?という声は平坦で、顔は能面。けれど心の奥底から湧き上がってくる言葉はひとつ。
“――――この、役立たず!”
「そんなこと言うなよな、不慮の事故なんだから!」
「戦いでその不慮の事故がどれだけの損失になるかわかっていて言っているのか!? わかっていないだろう! ああもう、これだから貴様は……」
「口喧嘩してる暇ないぞ、アーチャー後ろ!」
「!」
ぶん、と剣と足を振るえば二人分の首と体が同時に吹っ飛んだ。それを足場にして蹴飛ばして、アーチャーは駆ける。その頬にはたった今ぴっ、と飛んだ雑魚の血液。
「だから貴様と共闘など御免だと言ったのだ! それを貴様が……」
「だからそんな暇ないって! 今度は前!」
「っ、」
舌打ちをしてまたも回し蹴り。相手は綺麗に吹っ飛んでいって、どこか遠くに見えなくなった。英霊の全力パワーでの蹴りを食らったのだ、それも仕方ないことなのだろう。
それにしたって雑魚はわらわらと湧いてくる。実力がない分だけ数が多い。足止めを狙っているのだろうか、前後左右からわらわら湧いてきて、退路を絶とうと動く。
手は衛宮士郎を背負うために使ってしまっている。だから剣と足だけで戦うしかないのだが、それでもアーチャーは立派に敵を捌いていた。
「はあ、はあ、はあ、は、」
それでもガス欠。鬱陶しい、と垂れてきた汗を衛宮士郎を背負う手を一瞬離して(ここで彼は地面に落とされるのかと恐慌した)拭うと、目の前の雑魚共を睨みつける。
「それもこれも、貴様らが……」
苛々と湧き上がってくる怒り。明らかに八つ当たり。男のそれは醜いというがはてさて。
女のそれも、結局は醜いと思うのだが?
「貴様らが数ばかり多い有象無象だから悪いのだよ!」
ざっ、と振るわれた剣は複数の首を飛ばして行方知れずにした。一瞬遅れてスプリンクラーのように血が噴きだし、首なし死体をふらつかせる。
それをまとめて蹴倒し、地面に伏させてアーチャーはふんと荒く息をつく。
「……まったく」
その様に、背に背負われた衛宮士郎はぞっとした。何もそこまで。言う資格は彼にはない。お荷物となった彼には。
けれど基本的には平和主義者、そんな彼が目の前の惨状を何事もなくスルー出来るはずもなく。
「おいアーチャー、さすがにやりすぎじゃ……」
「やらなければやられる! それで貴様はいいと言うのか!?」
「いや、いいとは言わないけど」
「なら黙っていろ、苛々する!」
それは女性の二日目に似た症状。とにかく苛々して痛みに悶える。耐えようとするが痛みは耐えがたく、苦しみに搾られて眉を寄せて喘ぐのだ。
そしてちょっとしたことで導火線に火がついて、着火したそれはどかんと炸裂して辺りに甚大な被害を及ぼす。
そんな爆弾を抱えたのが、今のアーチャーだ。
「それもこれも、貴様が足などを挫くからいけないのだ! 凛から治療魔術を習っていればいいものを……」
「いや、遠坂の魔術は薬草を使ったものだって言うじゃないか。そんなものすぐにこの場で調達なんて出来ないし、出来たとしてもそんな暇――――」
「ああ、うるさい!」
勝手に切れて臨界点に達して、アーチャーは怒鳴る。その間にもまたひとつ、首が飛んだ。
スプリンクラーと化してぐらぐらと揺れ、地面にどうと倒れる死体にも構わず後ろを振り返ることなくアーチャーはしかし、背負った衛宮士郎に向けて怒鳴る。大声で。耳も割れんと。鼓膜が破れんと。むしろ感覚器官でさえ全て壊れてしまえと。
おまえのような役立たずなど何事も感じられなくなればいい。
「ちょっ、な、ひでっ、おまっ、」
「何がひどいものか! 役立たずのおまえの方が余程ひどいわ!」
「役立たっ……」
言い返そうとしても反論材料が見つからない。確かに自分は役立たずだ。戦いの場でこともあろうに足を挫いて仲間に背負われ、逃走を図る理由となっている。
本当は逃走ではなく闘争をしなければいけないのに。それはわかるけれど。わかるけれど!
「……――――っ」
衛宮士郎は眉間に盛大な皺を刻んでから手に魔力を練り上げ、剣を投影する。そしてそれを大きく振りかぶり、背後の相手に向かって背中から反るようにして、投擲した。見事それはヒット、首が飛ぶとまでは行かないものの血が溢れて相手はどうと倒れ伏す。
それにさらに皺を深める衛宮士郎だったが仕方ないと感じたのか今度は弓を番えて連射する。ばすっ、ばすっ、ばすっ、と鈍い音が三連射。
額を、腹を、胴体を抉られて倒れ伏す男たち、高揚したようなアーチャーの声。
「それでいい、衛宮士郎! ……行くぞ!」
こいつ戦闘狂なのか?と思いながらその背中に背負われて、再びその手に魔力を練り上げる衛宮士郎なのだった。



back.