「こらランサー! その肉はまだだと言っただろう! 全く、何度言えば覚えるのかね君は……」
ぐちぐちぐちぐち。
じゅうじゅうもうもうと肉汁・煙が支配するここは新都の焼肉店。
『もう夕飯作っちゃったし、余った分はセイバーと藤ねえが食べると思うからさ』
これ。
とランサーとアーチャーに差し出されたのはお値段の割に美味いと評判である一軒の焼肉店割り引きチケットだった。
『今日までだから。使わないと勿体ないだろ?』
士郎はそう言って、はい、とランサーに向かってその券を差し出した。さすが衛宮士郎、未来の自分の扱いを心得ている。アーチャーに「はい」と差し出したとしても彼が士郎から物を受け取る訳がないのだ。
ということで、ふたりはさっそくその店に来ていた。焼肉店など初めてだと辺りをきょろきょろするランサーに、ふふっと微笑ましいものだなと笑みを浮かべてみせた、アーチャーだったが。
「だから! 何度言わせればわかるのだね!? 本当に君は……」
「肉なんて少し火が通ってりゃ食えるだろ。豚や鶏でもあるまいし」
「焼き加減が!」
それなりに騒がしい店内で、しかし大きく張られたアーチャーの怒鳴り声はびいんと客たちの耳に響いた。
何事かと店員さえ飛んできそうなそれは大きさで、勢い間近にいたランサーは片目を閉じて耳を塞ぐ。
「焼き加減が、大事だというのだよ。絶妙な時間が必要なのだ。君には再三言ったと思うが何故わかってくれないのだ、ランサー」
なんでおまえは焼肉に対してそんな本気だよ、と逆に聞き返したい、そんなランサーだった。
最初は思っていた。網の上の肉を掴もうとして箸が触れ合ってドキッ☆イベントだとか。システムを教え込まれた時にうんうんと聞き流すように返事をしていたので、案の定アーチャーから雷を頂いたのだが。
というか、何だ。アーチャーは自分ばかりを責めるが、店内で怒鳴りまくっている自分のことを気にはしていないのだろうか。客に迷惑だ。近くの客なんか既に「も……もう帰ろうか?」とかちょっと怯えていたりするし。
おまえの気迫は並じゃねえんだから、少しは抑えろよ。
などと言えばさらにアーチャーがヒートアップするのは目に見えていたので言葉を皿の上に乗せられた肉と共に噛み砕いて飲み込んで、ランサーはんでよ、と、聞いてみた。
「なんで肉を頼むのに順番がいるんだっけか」
「焼肉を頼むのなら初めはタン塩。それからカルビ、ハラミ、ロース、ミノ……と行くのがマナーなのだ。君、こんなことを知らないと恥をかくぞ?」
「へえへえ」
「ランサー!」
ああ、また怒鳴られた。
食事は楽しくした方がいいと思うのだけど、とランサーは思うがそれを言ったらやはりアーチャーがヒートアップするだろうし。
きっと「君が私を怒らせているのだろう!?」とか何とか言って。
「…………」
「…………」
「…………」
「……皿を」
「……おう」
なので基本的には肉を焼くのをアーチャーに任せて、それをもきゅもきゅと頂くのがランサーのお仕事となった。
(ん、まあ)
美味いんだけどよ、とハラミをもきゅもきゅしながら思いつつ、ランサーはちらりと向かいに座ったアーチャーの顔を見る。……真剣な、顔だ。
焼肉というのはこんなに真剣な顔で望まないといけないものなのだろうか。食事なのに。憩うべき場であろうに。
(んー……)
「ん?」
何となく納得が行かない様子でもきゅもきゅしていたランサーの視線に気付いたのか、ふとアーチャーが顔を上げた。
思わずやべっ、と視線を逸らそうとしたランサーに、意外にも柔らかな声が届く。
「どうしたね、ランサー?」
「えっ」
「肉が足りないか? それともライスの追加を頼むか? ああ、サンチュも忘れてはいけないな。野菜を摂るのも体には大事なことで――――」
「ちょいちょいちょい、ちょい待ちアーチャー」
焼肉初心者にそんないっぺんに言われても困る!いやそうじゃなくて!
「おまえ、なに、そんなに」
「え?」
「いや――――」
なに、そんなにいちじるしくデレてんの。
ランサーが言いたかったのは、そういうことで。
だがこれを直で言うのはさすがに、とじゅうじゅうと肉の焼ける音をBGMにランサーがぐるぐる思考を回していると。
「冷麺もあるぞ? クッパという手もあるな。割り引き券があるのだから、何でも好きなものを頼みたまえ。遠慮することはない、私が手引きして焼肉のマナーというものを教えてやろう」
焼肉のマナー……。
いや、そうではない。
問題は。
アーチャーが、にこにことしながらランサーに、ランサーだけに向かって語りかけていることだ!
髪は上がってはいるが必殺のUBWスマイル、手にはトングと少々気抜けする格好ではあるけれどその姿は充分に――――ランサーの視線を奪って――――。
「あ、うん、おお……」
「?」
メニューを見るかね?
だなんて差し出された油染みたメニューがまるで天上から降ってきたレアアイテムのように思える、最近オンライン狩りゲーにハマっているランサーだった。
それは、嗚呼、至高のメニュー……!!


結局、その夜ふたりは、特にランサーは焼肉を心行くまで堪能した。
そしてランサーはまたアーチャーを焼肉に誘おう、と決意したのであった。



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