がさ、とビニール袋が音を立てる。
「……っと」
少女が取り落としかけた袋を横から支えて、男――――アーチャーはさりげなく横へパスした。
横にいたのはこれも男――――ランサー。特に彼は文句も言わずそれを受け取り、「大丈夫か嬢ちゃん、」と少女のことを気遣った。
「あ、はい。大丈夫です、ご心配かけてすみません」
少女、桜は微笑ってはにかむ。ぺこりと頭を下げれば、藤色の髪がさらりと揺れた。
「凛嬢ちゃんも妹使いが荒いな。こんなにたくさんの買い物、あんたひとりに任せるにゃちょいと酷すぎるだろう」
「いいんです、今日のお買い物当番はわたしなんです。姉さんは作る係で……きっと大変なんです、だから大丈夫なんです」
「桜。辛いならいつでも言うんだぞ、凛は少しスパルタなところがあるからな」
「大丈夫ですアーチャーさん。姉さんのことは妹であるわたしがよおく知ってるんですから!」
えへんと可愛らしく言ってみせる桜に、ランサーとアーチャーは顔を見合わせて。
よく出来た妹だ、と笑ってみせた。
「それにしてもランサーさんにアーチャーさん、すみません。お買い物に付き合わせちゃって」 わたしの当番なのに、とすかさず顔を曇らせる桜に、いいやとアーチャーはスマートに答える。
「そんなことはない、桜。もっと君は図々しくなるべきだ。ランサーはともかく私など暇を持て余しているのだから、どんどん使ってくれて構わない」
「えっ、ええっ? そんなことないですっ、アーチャーさんが暇だなんてことないですっ!」
慌てる桜に、ランサーはアーチャーの頭をぽすぽすと手で叩きながらぼやいてみせた。
「だよなー、全然暇なんてことねーよなー。むしろそんなに暇ならもっとオレに構え」
「だが断る」
「断んな」
それをぽかん、とした顔で見ていた桜だったが。
「――――と。このように余裕があるのだから、使ってくれて構わないんだぞ、桜?」
「そうそう」
さすがにバイトがある日は手伝えねえけどなー。
笑ってランサーが言えば、桜は丸くしていた目を柔らかく細め。
「……はい。それじゃあ、今度があったら遠慮なく甘えちゃいます。その時になって後悔したって遅いんですよ?」
「後悔など」
「するもんかよ」
そろって答えるアーチャーとランサーに、桜はころころと笑った。幸せそうな、それは笑顔だった。


「あ、待ってください」
ほんの少しのビニール袋を持った桜は傍らを歩いていたアーチャーとランサーにそう言うと、たたっと駆け足で急ぐように走っていく。
それを不思議そうな顔で見つめ、顔を見合わせたふたりだったが。
「はい、お待たせしました!」
「?」
「これは……」
きょとんとするランサー、小さくつぶやくアーチャー。
桜が差し出したのは、ほかほかと湯気を立てる白い紙に包まれた、丸い菓子だった。
所謂大判焼き。
「新商品のクリームです! この前先輩と食べたんですけど、美味しいって言ってくれたんですよ、だから、」
おふたりにも食べてほしくって。
笑って桜はふたつの菓子を差し出してくる。もちろん自分のものもキープ済みだ。ぬかりはない。
「へえ。美味いの?」
「お墨付きです!」
甘党のランサーは興味津々といった顔で渡された大判焼きを見て、おもむろにそれにぱくりと齧り付いた。
「あちち」
「あっ、それは熱いですよ! 少し、ほんの少しですけど、冷ましてからでないと!」
慌てる桜に、「用意のないこいつが悪かったのだよ」とアーチャーはフォローしてからふうふうと自分の分の大判焼きに吐息を吹きかけ、ぱくり、とそれを口にした。
「ふむ……」
もむもむもむ、こっくん。
やたらに可愛らしい食べ方をしてから、アーチャーは頷いた。
「うん。美味い」
「本当ですかっ!?」
真剣な顔の桜に少し驚いたような顔をしてから、アーチャーはもう一度頷く。
今度は、わずかな微笑みを乗せて。
「本当だよ。私が君に嘘をつく必要があるかね?」
「あ」
その時。
舌を襲う熱さから解放されたランサーが、何かに気付いたように言って。
「ついてるぜ?」
ぺろり、とアーチャーの口元についたクリームを舌で前触れなく拭い取った。
「!」
「……ッ!!」
当然のごとく。
ランサーは、真っ赤になったアーチャーに殴られ、驚きの表情を浮かべた桜の前で撃沈したという。



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