「あーマジ可愛い。なんでおまえそんな可愛いの? もしかして天使? さすがオレのマイ天使むぎゅっ」
「同メーカーのメタ発言はやめたまえ。あと可愛くなんかない!」
大きいヒヨコさんのクッションを顔に押し付けられたランサーはむぎゅむぎゅしながらも悦に浸っていた。あーもうアーチャーマジ可愛い。抱きてえ。ぎゅっと抱っこしてえ。性的な意味じゃなくて。
……色々壊れたランサーさんはさておいて、アーチャーさんが小さくなってしまいました。原因はまたしてもマスターのうっかり。
小さな英雄王とか幸せな若奥様と違って悪意がないのでアーチャーさんも怒るに怒れません。というか怒ったら戻った後がなんか怖いです。
なのでアーチャーさんは緩んだ顔をして近付いてくるランサーさんをディスることにしました。
ですが。
「マジ可愛いなにこの生き物。天使じゃなきゃ妖精? フェアリー? あっそういえば背中に羽根が」
「……君の目は曇っているのか?」
むしろ分厚いレンズフィルター装備です。ごっつい分厚さです。鈍器です。目に入れたら死にますそんなの。
それでもランサーさんは平気らしく、アーチャー可愛いアーチャー可愛いと蕩けっぱなしです。アーチャー蕩れです。
あかいあくまこと遠坂凛さんはそんなランサーさんとアーチャーさんを見て、たいそうご不満なご様子。わたしのアーチャーなのにと。わたしのアーチャーが。
「幼児趣味の男に盗られる」
「……そういう中傷はやめような遠坂」
だって実際そうじゃないの!と叫び上げるような声で遠坂さんは言って、衛宮士郎さんこと士郎さんを睨み付けます。エメラルド色のまなざしで縫い止められて士郎さんはおどおどと後ろに下がりました。震え上がりながら。
「わたしのアーチャーなのに……」
あのペド!と罵る姿はとてもではありませんが正ヒロインには見えませんでしたとさ。
「ほーらアーチャー、高い高いしてやろーか! それともおんぶがいいか?」
「どっちも断る!」
甲高い声で断ったアーチャーさんを、ランサーさんはじっと見てから抱き上げました。そしてぎゅっと抱きしめて頬ずりをします。
「やわらけー! もちもち! ふわふわ!」
「こ、こら! やめんかランサー! 子供扱いをするのはやめんか!」
「え、おまえ子供だろ」
「元は違うわたわけ!」
「じゃあ今は子供だと認めるわけだな?」
なら、と。
ランサーさんは言って、にやりと笑いました。いたずらっぽくも邪悪なその笑い方に、アーチャーさんは背筋にぞっとするものを感じながら「な、何だね」と、一応だけ聞いてはあげます。するとランサーさんは、
「オレと一緒に風呂入ろうぜ!」
「……は?」
じっとり。
小さな子供に見つめられて、興奮したようにランサーさんは言います。風呂入ろうぜ!と。
「背中とか頭とか洗ってやるからよ! 自分じゃ上手く洗えねえだろ?」
「ば、馬鹿にするな! ひとりで出来るわたわけ!」
「あなたは嘘をついていますねアーチャー」
「うわっ!」
そこに現れたのは長身の美女ライダーさん。文庫本を片手に艶々の髪を長く垂らし、ランサーさんに抱きしめられたアーチャーさんを見ています。
「あなたは先日湯浴みをした時、ひとりで髪を満足に洗えなかった。泡が目に入り、随分と苦労していたではないですか。結局シャンプーハットを使い事なきを得たようですが」
「ラ、ライダー……! 覗いていたのか、というかやはりあの時感じていた視線は気のせいではなかったと……!」
「シャンプーハット」
ランサーさんがぽつりとつぶやいて、顔を真っ赤にしていたアーチャーさんは、はっ、と我に返った表情になりました。
そしてランサーさんの顔を見ようとして、
「か――――わ――――い――――い――――!!」
「なっ……な!?」
丸くてふっくらですべすべな子供ほっぺたに猛烈な頬ずりをかまし、ランサーさんは絶叫します。テンションアゲアゲでちょっと怖い人になっていました。
いえ。ちょっとではありません。
かなりです。
「シャンプーハットとかなんだおまえ! 逆にあざとすぎんだろ!? なんだそれ萌える! ていうかライダー羨ましいんだよおまえ! 呼べよ!」
「しかしあなたはバイトに出かけていましたので」
「くっそ――――! なんで遅番なんて入れたんだその日のオレ――――!」
仰け反って頭を抱えるランサーさんの手から転がるように逃げだすアーチャーさん。ちょっと考えてライダーさんの後ろに隠れようとしましたが、すぐランサーさんの腕に捕まってしまいます。
だって彼は敏捷A。
「はっ……離さんかランサー!」
「誰が! オレと風呂に入るまで離さねえぞ! ライオンスポンジで体をゴシゴシしてやる!」
「何の宣言なのだねそれは! いい加減にせんと怒るぞ!」
「怒る? へえ? そのちっちぇ体で? いいぜ、怒ってみろよ。どうせ全然怖くねえんだから好きにしな」
「う、ううう、う〜……」
あれ?
あれれれ?
何だかおかしな空気になってきたぞ、とランサーさんが思った時です。
「ううう、うう、ううう……」
鋼色の目に涙を溜めたアーチャーが、ぷるぷるとランサーさんの腕の中で震えだしたのは。
「えっ。え、え、え、え、」
「ランサー……あんた……」
地の底から響くような声に顔を上げたランサーが最後に目にしたのは。
仁王立ちになり壮絶な笑みを浮かべた、遠坂さんの顔だったといいます。


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