「あ」
「え?」
アーチャーさん、ごめんなさい。
ライダーったら忘れ物をしちゃったみたいなんです。届けてもらえますか?
商店街に買い物へ行く担当のアーチャーが玄関口で靴を履いていると、桜からそう声をかけられた。どうやら、桜の作っていった弁当を忘れたとのこと。その、わたしの作ったお弁当なんてなくても、ライダーは、自分で何とか出来ると思う、んですけど。
おずおずと言う桜の肩に手を置いて、アーチャーはささやいていた。その顔に、士郎辺りが見たら絶句する優しげな微笑みを浮かべて。
「わかった。私でよければ、持っていこう」


そこで、意外な人物と出会った。蒔寺楓。衛宮士郎の級友である。それが、
「レッドの……兄ちゃん?」
着物を着て、手にささやかな荷物を持ってアーチャーの目の前に立っていた。
「あ、わかんないかな。あたしだよ、ほら。猫の時に会った! こんな格好してるからわかんないかな、……わかりませんでした?」
ころりと転調、尋ねてくる。浮かべた笑みは儚げで、けらけらと笑っていたあの時とはまったく違う印象だ。
彼女はあの時の制服ではなく、着物を着ていた。それも、随分きちんとした。
そういえば。
“昔”、氷室鐘とのささいな会話で聞いたことがある。蒔寺楓は呉服屋の一人娘らしい。だからか、と目の前の姿を改めて眺めて思った。
「やだ、あんまり、じろじろ見ないで……ください」
小さな声に我に返る。
「あ、す、済まない」
「……なんて」
悪戯っぽく笑った彼女と視線が合う。きょろん、と上目遣い。
「あはは! 全然わかんないですよね、あの時のあたしと今のあたしじゃ! 親だって言いますもん。ある種の詐欺だー、なんて」
粛々とひどいですよね?なんて聞いてくる彼女に首をかしげて戸惑って、アーチャーはただ立ち尽くす。
だって、目の前の彼女は別人だった。姿形は蒔寺楓でしかないのに。なのに、違うのだ。
しなやかな女性の魅力。たおやかで触れるのに戸惑いそうなそのひっそりとした、けれど艶やかな華やかさ。
「似合っていると、」
「え?」
「似合っていると、私は、思うが」
「……え?」
「…………」
無言。
はっ、とアーチャーは覚醒した。
目の前では彼女がきょとんとしている。着物姿の彼女。“衛宮士郎”の時にだって見たことがなかった。だからこんなにも新鮮に見えるのか。驚くほどに彼女の姿はアーチャーを惹きつけた。恋愛感情などではなく、人間としての魅力に惹かれて。
うつくしいと、それを思ったのだ。
「……やだ、」
照れます。
彼女はそう言って目を伏せた。少し頬が赤くなっている、ように見える。
アーチャーは手にした荷物もそのままにいっそ呆気に取られた。可愛らしい、という形容が似合う彼女を、“衛宮士郎”である時ついぞアーチャーは見たことがなかったから。
“衛宮士郎”であった時の彼女はばかスパナ、だの何だのとわけのわからない台詞で罵ってきたものだったのだが。
「……お兄さんは」
聞き慣れない声に、言葉に戸惑う。レッドの兄ちゃん、ではなくお兄さん。上目遣いは未だ変わらず。
「何の、用で来たんですか?」
「あ、ああ、いや。ここの店員が知り合いでね。ちょっと、荷物を届けに」
「知り合い……? そうなんですか、」
「君は?」
「あたし……わたしは、父が買った骨董品を受け取りに来たところです」
違和感は天井を突破しそうだが、嫌なものではなかった。蒔寺楓の別の一面。
「レッドの兄ちゃん」
気付かなかった。いつもの呼び方で呼ばれていたことに。
「ん?」
「なんか、……可愛い」
くす。
笑う彼女にぽかんとして、以後盛大に戸惑う。そこに闖入者がやってきた。
「お、アーチャーじゃねえか。何だ、珍しい……って、そこにいる可愛いお嬢ちゃんは誰だ?」
「あれ、青豹の兄ちゃん」
「え」
「なーに、もしかしてわかんない? あたしだよあたし、前にナンパしてくれたじゃん!」
「え? あれ? え?」
「何、もしかしてふたりとも待ち合わせとかしてた? あたしお邪魔だったかな、うん、用も済ませなきゃだしそろそろ行くわ! じゃ、」
ばいばいと笑って手を振る彼女、その笑みはいつもの彼女のもので。


「……え? ……えー? 女ってのは……化けるもんだな……」
「だから魅力的でもあり、恐ろしいのだよ」
「まあ、それには同感だが」
ちなみにその後、きちんとライダーに桜作お弁当は手渡せたという。



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