手を繋いで歩く。
羞恥は意外となかった。人気が周囲になかっただろうか、いやきっとそういうことじゃない。
ゆっくりと歩いていく。冷たい己の手に温かい体温。移りそうでどきどきする。
おそらく自分ばかりがどきどきしている。だって隣の彼の顔は平静だ。と、指がするっと絡んできて、思わず心臓が跳ねた。
顔を見た。その瞳に映る自分の顔は、赤くて。
さらさらと水の流れる音。さわさわと風の走る音。
どきどきする。
「なあ」
「ん、うん?」
心臓が飛び出すかと思った。
不意に呼びかけられて感情が暴走しそう。穏やかな水面とは裏腹に自分の心中は荒れている、と思う。
むやみやたらに騒いで、荒れて、高鳴って。
緑の匂いがした。
それと、彼の匂いが。
「ラン……サー……」
香水の匂いと、体の匂い。混じりあったそれが複雑に絡みあう。風に乗ってふわりと鼻腔をくすぐった。
外は昼で。
屋外で。
なのに、こんなにもどきどきしている。こんなにも、ひとりでどきどきしている。
「手」
指がさらに複雑に絡んでくるのに、もう心臓がもたないと思う。指が強張る。体が強張る。ぎし、と鳴った。
「おまえ、初心すぎるだろ」
隣の声が笑う。ぞっとするような言い方だ。繰り返すが今は昼で、人気は周囲にないけど屋外なのに。
「……君、が、」
「ん?」
「君が、すぎるんだ」
「すぎる?」
「大胆、すぎるんだ」
見返した顔は。
いたずらに、笑っていた。
「――――ッ」
ああもうやっぱりしんぞうがもたない。ばか、ばか、ばか、たわけ。
いっそ殺された方がましだと思うくらいの心境に突き落とされて、たぶん顔は耳まで真っ赤だろう。
見たくないから目を逸らした。彼の瞳に映る自分を見たくなくて。
「土手」
「え、」
「行くか。座ろうぜ」
疲れただろ、というのが本心ではないと知っていた。けれど引かれる手に逆らうことなど考え付かなかった。子供のように引かれる。ぱたぱたと遊ぶように。
緑の草が萌える春先の土手にふたりそろって座り込んだ。青い、匂いがする。
「石とか投げてみっか。飛ばすのとか、昔にやったろ?」
「え、その、」
「それとも寝てみるか? っと、サーヴァントは寝ないってのはなしだぜ? オレたちはただ“寝ない”だけだ。必要とあらば“寝る”ことも出来る」
やれない、のではなくやらない、のだ。
必要がないからしないだけのこと。やろうとすれば出来る。
「…………」
ごろん、草に寝転がる。
匂いが体中を包んで少しの眩暈。
「お、寝るか」
声がして、彼が隣に転がる気配がした。さっさと目を閉じてしまう。だけど、それが悪かった。
目蓋を閉じたことで、絡まる指の感覚が鋭敏になったのだ。さらに鋭敏になった。
温かな肉の感触と、冷たい硬質な爪の感触。
まったく違うそれらが相乗して、自分を軽く追い詰めていく。
と。
「アーチャー」
押し付けられるような、圧し掛かられるような気配がした。
目を開けたくても出来ない。わかる。気配でわかる。顔を覗き込まれている。ということは、至近距離に彼がいる。
そんな時に、目を開けることなんて、出来ない。
「ん」
「…………ふ」
唇を、奪われた。
ぱちん、条件反射的に目を開けてしまった。目前に彼の顔。拷問だった。途端心臓が引き絞られるように痛む。
甘い痛み。苦しいだけではない、その痛みに涙が出そうになった。
自分の心が制御出来ない。さらさら水の流れる音。しなやかに緑の萌える音。
太陽は、真上にある。
ふたつの太陽を真上に仰いで、そっとため息をひとつこぼした。



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