最近、オレには妹ができた。
おふくろにそっくりな髪の色と目の色をしたそいつは、エミヤという名前だ。赤ん坊用のベッドに寝かされたそいつはすやすやと眠っている。
オレも小さい時はこうだったのかなぁ、と思いながら小さな指をにぎにぎしてみると、そっと向こうからも握り返してきて、わ、と少し驚いた。こんなに小さくたって生きている。
当たり前のことにちょっとびっくりしたんだ。
「セタンタ」
これまでは、エミヤが生まれるまでは真っ先に駆けつけていた先のおふくろがエプロンで手を拭いながらやってくる。オレはランドセルをかちゃかちゃ鳴らしてただいまっ、といつもの挨拶をした。
「おかえり。何かなかったか?」
「何もなかったよ。あ、体育の授業の時、オレだけが跳び箱十段跳べた!」
担任の先生に褒められたことを胸を張り言えば、おふくろは目を丸くして。
「……そうか。セタンタは、偉いな」
そう言って、優しく頭を撫でてくれた。
えへへ。
だから、オレはおふくろが好きだ。
オレがちゃんとしてたらおふくろはちゃんと褒めてくれるんだから。


「へえ? まあ、オレがおまえくらいの時はもっと跳べてたけどな」
反対に親父はこんなことを言う。おふくろが言うには“子供っぽいのでやめなさい”だそうだ。うん、オレだってそう思う。
普通に褒めなくたっていいから、張り合わなきゃいいんだ。それだけなのに。
それがなんで出来ないんだろう?それがオレにはよくわかんないんだ。
「ランサー。ピーマンを食べなさい」
「……食べてるよ」
あと、ピーマンを食べられない(最後には食べるけど)大人はどうかと思う。
オレの両親はすっごく仲がいい。びっくりするくらい仲がいい。びっくりするくらい、というのは、最初はそんな風には思ってなかったんだ。
オレの両親は本当に仲がよくてよくて仕方なくて、“両親”ってものを自分の両親しか見ることがなかったオレはそれが普通だと思ってた。だけど違ったんだ。ある日クラスメイトと話してて気付いた。うちの両親は普通と違うってこと。
なんていうか、いちゃいちゃしすぎ?らしい。しょっちゅう体に触りあってたりとか、ほっぺにキスしてたりとか、夜中に裸でプロレスしてたりとか。
裸でプロレスのことは、朝になんで?と聞いたらおふくろが顔を真っ赤にして、「それを外で言うのはやめなさい! 絶対だぞ!」と言ったので、「お、おう」とオレは口を閉じた。すごい迫力だった。とにかくすごかった。びっくりした。
親父は新聞を読みながらニヤニヤしてた。
その次の朝、おふくろはいつも着たことのないタートルネック、ってやつを着てた。なんで?と聞いたら、「気分だ」と答えた。のでそうなんだろう。
見慣れないからすごい違和感があったけど、似合ってたし、まあいいかと思った。
「セタンタ、そろそろ歯を磨いて寝なさい。明日も学校だろう?」
「ん。その前に、エミヤの顔見てからにする」
「本当におまえはエミヤが大好きだなー。このシスコンめ」
「シス?」
「余計なことはいい。……歯を磨いてきなさい、セタンタ」
「はぁい」
ついでにマザコンだ、とか言っているわけのわかんない親父を置き去りにして、オレはエミヤの寝てる部屋に向かった。
エミヤはベビーベッドで寝ていて、すやすやと吐息を立てている。
半開きになった唇がおふくろに似てて、本当にオレと兄妹なのかなぁ、ちっとも似てないなぁ、と考える。
オレは親父のクローン?みたいにそっくりで、おふくろには全然似ていない。
体育ばっかり得意で他の教科は人並み、特に家庭科はちっとも。いつも遠足の時とかには美味い弁当を作ってくれるおふくろの子供なのに、オレは実習で普通に卵焼きも作れない。
それをおふくろに言ったら、「いいんだよ、セタンタは男の子だから」と笑われたけれど、オレだって誰かの役に立ちたいんだ。
だからもっといろいろ頑張らないと、と思う。
もっともっと頑張って、届かないと。
立派な大人に、男に、ならないと。
「んぅ……」
その時、エミヤがぐずった。
自分の考えから浮き上がってきたオレは、おふくろを呼んでこようとして。
して、手を伸ばしてエミヤの小さくて狭い額をさわさわと撫でた。
ちょっとあったかめな赤ん坊の体温。オレも体温が高い方だって言われるけど、エミヤの方があったかかった。
「ん、ふ、ぅ、」
しばらくぐずっていたエミヤだったけど、やがて落ちついてきたようで、オレはその口元に指を運ぶ。
と、
「?」
ぱく、とその指を咥えられて、オレは頭にハテナマークを浮かべた。すると、エミヤはちゅっちゅっと音を立ててオレの指を吸いだす。ああ、そっか。
おしゃぶりの代わりだ。
うん、そっか。それでもいっか。
役に立ってるし、と思ってオレはずっとそこにいた。そうしていた。エミヤのおしゃぶりの代わりになっていた。
おふくろがやってきて、驚いた顔で「まだここにいたのか?」と声をかけてくるまで。
そしてオレの指をしゃぶるエミヤを見て、「…………」と複雑そうな顔をするまで。
「おふくろ、おふくろ、オレ、役に立てたかな」
内心ウキウキとたずねるオレに、おふくろは笑って「ああ、うん」と答えてくれた。
それからすぐ親父が乱入してきて、「ガキはさっさと寝ろー」とオレをエミヤの部屋から連れ出した。
ドアに耳をくっつけて聞いていたら、何か話しているのが聞こえたけど。
いい加減眠くなってきたし、明日も学校だしで寝ることにした。
翌日、おふくろはまたタートルネックを着ていた。



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