「んん……っ」
身を締め付ける苦痛に呻けばその内の一本がしゅるりと蠢いて口内に忍び込んできた。
ぅ、んぅ、と「声」未満の音を上げてしまえば体中に巻き付いた“奴ら”は喜んだ。ねぇねぇ、なんていとけない子供たちのように這い回る。
ずるずると。
粘液を纏って服の上から、覗けた素肌から這い回りながら。


アーチャーを、汚していった。


“それ”を見つけたのは遠坂邸での地下。マスターである凛との分担作業での清掃だったから、もしかして一歩間違えば、このような目に凛が遭っていたのかもしれない。
ならばこの状況も幸いかもしれない、と異形の存在に巻きつかれながらアーチャーは埒もないことを考える。
馬鹿みたいだ。
馬鹿が馬鹿らしく馬鹿なことを考えていっそう馬鹿じみた。
「!」
どろり。
口の中に、異形が吐き出したらしい粘液がめちゃくちゃに溢れた。飲み下すことなど――――出来ない、思ったが口は既に塞がれていた。ならば道はひとつだ。
「ん……んっ、んんぅっ、ぐ……」
時間をかけて、少しずつ、少しずつ。
喉仏を鳴らして目の淵に涙を浮かべて飲み下していく。
味も素っ気もない、だがそれだから余計に気味が悪くて、吐き気を催して。
でも口内は異形が塞いでいる。
しかも吐き出した粘液を潤滑油にして、もっと喉の奥まで侵入してこようとしている。
「ん、ぅう、――――ッ」
苦しくて、とりあえずは手近にある一本を掴んで力任せに引き剥がそうとしてみたが叶わない。敵わない。適わない。
あらゆる意味でかなわない。
「! ……ッ、く、は……!」
やっと抜け出ていったかと思えば、今度は顔面めがけて粘液が吐き出される。遠慮などない。気遣いもない。何もない。
単なる生理現象、というかのようにどろっとした粘液をアーチャーの顔に吐き出した異形のものは首筋を撫で、鎖骨をくすぐり、胸元に突き入ってくる。
急な動作のせいで胸の尖りが擦れて息を呑むアーチャー、「待っ、」声は出るが当たり前に異形は待ってなどくれない。
「んん……っ」
恥じ入るような声が漏れ出る、口から出た次の瞬間に、認識した瞬間に、かあっと顔が熱くなり赤くなる。
褐色の肌を余すところなく汚していく異形の粘液。とろぉ、と下に、重力に逆らうことなく落ちていって。
「ち、がう……っ」
じれったいような、待ち侘びるような声を、アーチャーの声帯から引き出していた。
違う。
違う、違う、違う、こんなのは。
こんな自分は自分じゃない。アーチャーはかぶりを振ろうとするがままならない。異形のものが絡み付く。
我が先に、我が先にとは言わないがゆっくりとじっくりと。
這い酔って、にじり寄って、やがては辿りつくだろう。どこへ?
考えたくもない。
「嫌、だ……!」
嫌だ。
「はな、れ、」
嫌だ。
「あ、あぁ、」
もう。
「――――ッ、は……あ……っ……!」
ず。
あっけなく、それは侵入を果たした。
とろついている粘液が助けとなってアーチャーから痛みを奪う。
助けを奪う。
痛みだけなら保っていられた。理性という名の逃げ場に浸っていられた。
けれど異形はそれすら奪う。アーチャーから何もかも奪う、余りにもひどい、そしてむごい。
異形に意思など感じられなかったけれど、そんな気配は感じられて。
先程目の淵に浮かべた涙が本格的に滲み、伝い、落ちて。
「ぅ、……っ……」
本格的に体の中を揺さぶられ、アーチャーは唇を噛んで耐えようとするがまた異形が口内にずるりと滑り込んでくる。
もうそれを引きずり出そうとも、噛み切ろうとも思えない。されるがままになって呻き声を上げた。
痛みを奪われ、逃避すら許されなくなったアーチャーの耳に届く小さな足音。
それは。


それは、マスターである、彼女の。


「アーチャー、遅くなってごめん! やっとパスが繋がってあんたがおかしいって知って……助けに来たわよ! 今開けるから――――」
彼女の必死な声が聞こえるけれど。
アーチャーには、単なる雑音にしか届かなかった。



back.