眠る。
眠る。
ただひたすらに。……そうであればいいと思って。覚めかける意識をその度に抑え付けて。そうしてやっと訪れた本格的な睡魔に、抗わずに身を任せた。
安らかではなくとも、深い眠りであればと。
だけど、それは裏切られる。きっと。自分はそういうものだから。何もかもに裏切られて生きていき、死んで、蘇ってはまた生き続けた。
つまりは化け物だ。


深い闇。
深い泥。
ふわりと体が浮く感覚。意識は未だ夢の中に遊ぶ。何故だか体中を誰かの指先が這っているような気がして少し怪訝だ。だとしてもそれは勘違い、ただの夢なのだろう。思い込んで意識を夢に放つ。とは言っても何もない。ただの暗闇である、泥である、そんな夢だ。
溺れていく。手を伸ばしても、先には何もない。幾分笑って目を細めた。“あの日”救いがあったのが奇跡だったのだ。そう。
燃え盛る炎。死んだ人々。地獄絵図。そこを歩く幼い自分。倒れ込んだその手を、伸ばした手を。
掴んで、くれたのは。
「ん……、っ……?」
ぐらぐら視界が揺れる。未だ意識は半分ほど夢の中のようだ。片足を突っ込んで案山子のように立っている。
「は、ぁ、」
「――――目が、覚めたか」
喉を鳴らすような笑い方に、意識の端がぴりりと警告を発した。この声は。
この暗さは。
「こと、みね――――っ、あ、ぁあ……!」
目を開いて睨み付けようとして身を捩る。ようやくで視線を下肢に投げれば、“言峰”そう呼んだ男の下肢と、自分のそれとが繋がっている。
魔力が枯渇して強制的に意識をシャットダウンされたこの身が眠っている間に犯された。
何とか逃れられないかと暴れてみるも上手く行かない。寒気のする薄ら笑いはそんな自分をいとおしむかのようで、頭が痛い。
「ゃ、め……!」
なんて言われて止める男ではない。それにしたってこの怖気が走るほどの快楽と気持ち悪さは何だろう。明らかに反発し合うものなのに、無様に溶け合って存在している。
「どうだ、体の具合は?」
「ふざ、け――――あ、は……!」
「……悦いらしいな」
その言葉にぞくぞくと震えた。快楽と怖気。相反するものが体を覆う。
ぽたん。
「ッ!?」
不意に何かが首筋に落ちてきて、息を呑んだ。じゅう、と肌を皮膚を焦がす感触。
泥だ。
男の背後から、指先から滴る、黒い泥。捻れるようにうねるそれは高く低く伸びて、体中を這い回らんとしてくる。
「や、め……ぁ、う……!」
払いのけようとしても力がない。否定の声は嬌声に変わり平らなそこで自分は身悶えた。どうにかして逃げようと、体をずり上げるが次の瞬間男の、言峰の手が腰をわし掴んで引きずって近寄せる。その間にも体中に這い回る泥。異音は続くが痛みはない。ただ焼かれていくだけだ。
その感触は不快ではない。むしろ悦楽を呼び寄せる。浸されて、沈んでいく。驚くほど体に馴染むもの。
外は曇天らしく、頭上のステンドグラスから差し込む光に彩りはない。濁った色だけが床に、長椅子に、パイプオルガンに、この身に、無作法にも落ちてくる。
誰も、それを許した覚えなどなかったのに。
伸ばした手はもしかして縋るかもしれなかったように黒く染まった法衣を掴んで、その度に言峰は低く笑う。
揶揄もない。嘲りもない。それでも貶められている気配がする。
眠っていた体を抱いて、目覚めてもそれでも離さずに、その上で泥で侵して言峰は悦に入る。
やめろと叫んでも聞き入れられることはない。そもそも、叫ぶ気力も機能も自分には存在していなかった。
「ん、あ、ぁ、っ」
それなりに自由になる頭を振ればぱさぱさと髪が乱れていく。白く煙っていく視界。
泥は体のそこら中を這い、やがては口に割り込み。
自分は噛み切ることすら思い付かずに、舌を這わせるような真似事までした。
「……淫らだな」
笑っているのに、笑っていない声が耳を辿った。
「ん――――……ッ、ん、ぅ……!」
泥を舐めては迎え入れ、法衣にしがみつく。なんてみっともないと日頃の自分なら思っていただろう。
でも。
今の自分は、頭から爪先まで泥に支配された奴隷だ。
反転することはなかったが、それでも全身を染め上げられた。赤い聖骸布も泥まみれ。
ずるり、と中で言峰自身が蠢く。
「ッ!!」
噛もうとした唇は泥がこじ開けていたために自由にならず、結果、詰まった声を上げてしまう。
ゆるゆると体をなぞる泥は服を焼き焦がし、露になった欲望に絡まってくる。
「ッ、ん、ん……!」
たまらず、体を震わせて達した。それを見て笑う言峰の声。
けれど、彼はまだ達してすらいない。
達したばかりの敏感な内を、泥のようにゆるゆると責めてくる。
息を吸って、足の指を丸まらせ、耐えようとしても上手くは行かない。
眠りに逃げたくとも。
もう、向こうがこちらを受け入れることはなさそうだった。



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