「全く、君という者が何という有り様だね」
知っている。この嫌味な声はあの弓兵だ。土埃と砂にまみれて振り返ってみれば、同じような姿の奴がそこにいた。
思わず口端を吊り上げる。偉そうな顔と口ぶりをしておいて結局はこちらと似たようなものではないか。喉の奥から笑えてくる。
「どうした?」
「別に」
別にという顔ではないだろうという顔をしている。そんな様がわかるのが嫌だ。それほど深く相手のことを知る気はない。
手に取るようにと。そんな風に、知りたくはない、目の前の相手のことなど。
一撃で切り裂いて終わりにしたい、仲なのだ。
「顔だけはいいのだから。汚したりなどしたらもったいないだろう?」
「はっ」
鼻で笑う。皮肉か本気か、判別がつけ難くて。わからない男だ。わかりたくもないけれど。ただの一片たりとも。
それはこの男も同じなはずだ。腕組みなどしながらこちらを見下ろしてきている。腹が立つ。戦いはいったんなれど終わったのだからさっさと失せるなり何なりすればいいのにどうしてここにいる。踵を返して立ち去ってしまえ。そうでなければ。
そうでなければ。
「……んっ」
口を塞がれた男は呻きを上げる。くぐもった低い声が腹にずんと来た。かすかにどころではなく、血の味がする。
「んんっ……んっ、くはっ、」
さんざん舌を絡め取って翻弄してから突き飛ばすように解放してやれば、睨むように見据えてきた。ああ、そうでなければ。それがいい。
嫌味な余裕綽々の目など、見ていても抉り出したくなるだけだ。
「何をする!」
「何って、そんなのもわからねえほどガキなの?」
わざと親しげに言ってやれば、かっと頭に血を上らせるのがわかった。知りたくもなかったが知ってしまったこと。この男、割と簡単に感情がぶれる。だから、暇で仕方ない時や腹が立った時になどからかってやれば面白いように手玉に取れる。どこを突けばいいかって?その時その時「目」を見ればわかる。
鋼色の目は意外に素直に感情を見せるのだ。そこを突けばいい。掬うように、拾うように。そうすれば男は手の中に転がり込んでくるという寸法だ。


欲しくもないが。こんな男など。


「どうやら二度目の勝負がしたいらしいな」
「はぁ? もうオレめんどくせえ、いちぬーけた」
「ッ……」
ふざけるように言ってそこら辺の瓦礫に寝転がれば、怒りの気配が急上昇するのがわかる。本当にわかりやすい男だ。これで高度な情報戦が必要な聖杯戦争を、乗り越えていけるのか?
己がマスターの外道神父の顔を思い出して、あの男の前にこいつを突き出してやればさぞかし喜んで傷を切開し出すのだろうなと思ってくつくつと笑った。
「――――っと」
すると鼻先に黒い剣の切っ先が突きつけられ、上を見やる。そこには駄々っ子のような男の顔があった。
「……戦え」
「いちぬけたって言っただろうがよ」
「ふざけたことを抜かすと、殺すぞ」
「おまえこそ何ふざけたこと言ってんだ」
顔を見上げたままで口端を上げ、にぃ、と、笑う。
突如勢いよく吹き荒れた嵐のような風に乗せて。歌うように高らかに、自分は男に告げた。
「オレたちは元々殺しあう仲じゃねえか。それ以上でも以下でもねえ。それより何か? おまえはオレに何かを求めてるのか?」
ヒルル、と女の泣くような音を立てて風が名残りのように吹いた。男の赤い外套を巻き上げ、掻き乱す。
ああ、その心中もきっと掻き乱されているのだろう。かわいそうな奴。これくらいで簡単に翻弄されるなんて。頭脳派を気取りやがってこの様だ。中味はただのガキなのだから、おとなしく殺されておけばいいのに。傷ついて傷ついて痛い思いをして死ぬよりは、さっさと殺してやった方が身のためだろう。
「オレって優しいよな?」
「は?」
理解不能だという顔で男が間の抜けた声を出す。おいおい。
「そら……よっ!」
ガキィン。
「お、よく受け止めたな」
「馬鹿にするな!」
馬鹿にされるような態度を取っていたくせに何を言うのだ。隙だらけで殺してくださいと言っているようなものだったのに。
「……惜しかったな」
それは。
風もかき消すことの出来ないつぶやきだった。
今ここで死んでおけば、苦しまずに済んだのに。
「仕方がないから」
立ち上がると魔槍を呼び出して構え、消していた笑みを再度浮かべる。そうして言った。
「オレが今、ここで殺してやるよ」
楽にしてやるから、と。
聞きようによっては愛の言葉にも似たそれを、男は引き攣った顔で受け止めた。
風が泣く。ヒルルヒルルと啜り泣く。
それも己を止めることは出来ない。愛するように憎んでいる。陳腐な表現は自分たちの間には似合わない。
ただ憎みあって、殺しあうだけだ。
「だけど愛してるって言うなら、聞いてやらないこともねえぜ?」
せっかく仏心を出してやったというのに、男は感謝の言葉もなくいきなり斬りかかってきた。本当に頭の固い堅物だ。
ヒルルヒルルと風が泣く。
それをきっかけに、剣と槍が組み合って激しい音を立てた。


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