むっすう。


「……ちょっと、どうしたのセイバー。エミヤさんと喧嘩なんて珍しいじゃ……」
「僕は悪くない」
綾香が眼鏡の奥の瞳を丸くすれば。


「おい、アンタどうした? あの王子様のご機嫌がよろしくねえとは……」
「私には関係ない」
ランサーが怪訝そうな顔をする。


事の発端は本当に何でもないことだった。


「セイバー。頼むからもうちょっと……その、控えてくれないか」
「え? 何を?」
「だから……」
きょとんとするセイバーに、しかしエミヤことアーチャーはどもっている。
控える。何を。
「はっきり言ってくれないとわからないよ、エミヤ」
「だ、だから……」
「僕と君の仲だろう? エミヤ」
君が何を言っても僕は怒らないから、と迫るセイバーにアーチャーのどこかがぷつん、と、切れて。
「――――ッだから! 抱くことをいい加減控えてほしいんだ! もう今週に入ってから何回だと思っている!? 君は私を抱き潰したいのか!?」
「…………」
「何とか言いたまえ!」
「……かい?」
「は!?」
「エミヤは僕に抱かれるのがそんなに嫌なのかい!?」
「はぁ!?」


こうして、ふたりは完全に沼地に落ちた。
僕悪くないもん、な王子様セイバー。
私は悪くないぞ、な奉仕体質アーチャー。
いや、奉仕体質は関係ないかもしれないがともかく。ふたりが仲違いしてしまったのは確かだった。
「ねえ、何かいい案とかない、ランサーさん……?」
「んなこと言われてもなあ……。あいつらが仲違いするたあ、よっぽどのことだぜ」
「……ですよね」
このふたりは、セイバーとアーチャーの喧嘩の原因を知らない。心配だとは思っているが、ただそれだけだった。
まさか、床事情で喧嘩をしているだなんて。


「あ」
「…………」
それから数日後のこと。廊下で顔を合わせたふたり、やがてくるり、と踵を返し、去っていこうとするアーチャーの服の裾を白い手が掴んだ。
「……待って!」
ぱしっ。
「――――?」
「僕が、」
悪かった。
項垂れてそう言ったセイバーに、アーチャーは僅かに鋼色の目を丸くして。
「何が悪かったと」
「わかってるよ」
「本当に?」
「うん」
もう無理強いしたりしないから、と項垂れてセイバーは口にした。ごめんね。
「ごめんね、君に辛い思いをさせたりして」
どうしようもなくしょぼくれてしまったセイバーに、アーチャーの眉が寄る。あ、いや。
「その……私も、いきなりおかしなことを言い出してしまった。もっと段階を踏むべきだった」
「エミヤは悪くないよ!」
「いや、私が……」
「僕が!」
…………。
「あれ、セイバーとエミヤさん笑ってる……仲直りしたのかな?」
「さてね。何にしたって迷惑なこった」


その日の夕飯は、セイバーの好物であるハンバーグ。
目玉焼きも、豪勢に乗せられていたという。



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