溶けていく。
思考が、みっともないほどに。
乱れて、歪んで、溶けていく。
目の前の男に自由にされながら。私の思考は捻れ歪む。焦がされて、悶えさせられ、追い上げられていくのに。
寸前でその決定打は取り上げられて、私はどうしようもない熱に身を蝕まれ苦しむしかないのだ。


「フェイカー」
男が呼ぶのは私の蔑称。蔑んで呼び、だというのに口元を吊り上げて笑っている。
慈しまれているとでも錯覚してしまうその笑みに、私の意識は混濁させられてもうたまらない。早く決定打が欲しいのに、何度も寸前で取り上げられては愕然とする。
焦がされて、焦らされて。
じりじりと瞳だけではなく、私の全ては焼け付いていく。
「飢えたまなざしよ。なあ?」
くすくすと男が笑う。その指先は何度も幾度も私の体を撫で、辿り、探り、穿ち、頂点近くまで追い上げてはひょいと離れていく。
そろそろだ、今度こそ、と溶けた思考で思う私を何度も裏切り、男は愉しそうに笑ってみせる。
簡単に楽になどしてやるものかと。きっと、そう思っている。
なんて男だろう。暴君極まりない。ギルガメッシュ、と憎々しくその名を呼ぼうとしてもおそらくは自分の声は震えているだろうと予想されるため、口には出来ない。ただされるがままの、それが自分だった。
あぁ、と母音を口が紡ぐ。擦れ擦れを撫でていく男の指先。こうして男は私を嬲る。弄ぶ。愉しんでは笑う。
プライドなんてとっくに地に落ちたものを、もっと見せろと胸倉を掴み揺すり立てては転がり落ちた欠片を拾い上げて、次の瞬間叩き捨てては踏み躙る。
他の誰でもない、私の目の前で。
糸を引いて私の思考は崩れ爛れていく。男の指先に絡み付く。意思に反してもっともっとと強請る。霞んだ視界でも男の金色の髪、そして赤い瞳は鮮烈だ。目が痛くなって、覆ってしまいたくなるほど。
けれどそれを男は許さない。冷たい鎖で縛された両腕。私に自由はない。縛られたのは両腕だけだけれど、足の間にも男が割って入ってきて私を乱すのだ。
大きく開かされた足に恥じらいは最早なくとも苦痛はある。痛みによってもたらされる苦痛ならばまだよかった。
痛みによる苦痛には慣れている。……だが、快楽による苦痛には。
もっと欲しい。痛くしてほしい。願っても与えられるのは擦れ擦れの快楽ばかり。痛みに似たとっておきの快楽が欲しいのに男はそれを与えてくれない。
意識を飛ばして私が逃避することすらも許さない。だから、男が与えるのは擦れ擦れの刺激ばかりなのだ。
私は自分の下肢に視線を飛ばす。ゆるゆるとした愛撫によって反応させられた自身。勃ち上がって先走りを零している。
それを赤い瞳が舐めて、口元を上げて男は笑うのだ。
「壊れるまで遊んでやろうというに。それの何が不満だ?」
などと言ってはくちづけてきて、ひくりと戦慄く私を悦ぶ。舌を絡めては追い上げ、それでも決定打は与えない。
膨れ上がった色々なもの、濡れそぼった舌、下肢に位置する自身、火照った体のそこらじゅう、心の中心で破裂を待っている欲望。
でも、男はそれらを無視して――――わかっていたとしても見ない振りをして――――ゆるゆると刺激を与えてくる。
なんて、酷い男なのだろう。本当に。
酷い、男だ。
「泣いているのか?」
男が問いかけてくる。こんな至近距離でわからないわけがないのに。
「顔がぐしゃぐしゃであるぞ。みっともない様この上ないわ」
――――なぁ?と。
男は言って、伸ばした舌で次から次へと伝う涙を舐め上げる。ちゅ、ちゅっ、と音を立てて。
形ばかり、優しい男になってみせる。
そこから突き落としてくるのを知っている私に。
それでも、優しいという偽りの姿を見せる。
「……雌猫め」
卑しいわ、と男が突き落としてくる言葉を吐く。
痛みはそうなかったが、それでも心には痕が残る。
「鳴け。雌猫だと、獣だと言うのなら。もっと鳴いて、我を愉しませるが良い」
雑種、と男は言った。わざとらしく獣として例えたのだから、と言うかのようにフェイカー、ではなく雑種、と。
「逆らうことなど許さんぞ。我が命令したのならば貴様は従え。鳴いてみせよ。その精一杯の嬌態で」
我を愉しませてみせよ、と男は言う。
「……そろそろ解放を許すか……?」
男の手の動きが、変わる。思わず私がびくんと体を震わせれば、その動きはもっと変化を成し遂げた。追い上げるようなその動きに、あ、あぁ、と母音が漏れる。
――――ッ、と、私は、息を詰まらせて。
「――――ほう」
男の手の中に、全てを放っていた。


ふっ、と鎖が消える。その体勢のまま崩れ落ちれば、ちょうど男の肩に顎が乗り、背中に腕を回すような格好になった。
息を荒くつきながら解放の余韻と眩暈に耐える。心臓がばくばくと高鳴って静まらない。
ぎゅうううっ、と男の背の、服の生地を掴んで、私は必死に耐えた。
はあ、はあ、はあ、は。
「……フェイカー?」
声に、我に返れば。
耳元に吹き込まれる吐息を直に聞いた。
「ふしだらな雌よ。……我が直々に矯正してやらねばならぬな?」
いや、調教か、とささやく声音。
それを聞きながら、生地を掴む手に力を込める。
くらり、といっそう強い眩暈に脳が激しく揺さぶられた。



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