「アーチャー」
「うん?」
「…………」
「…………」
「…………」
「何かね?」
「……何でもないです」
へらり、と笑うランサーを、不思議そうな瞳で見るアーチャーだった。


オレはヘタレだ。
認めたくはねえがそうだったらしい。
「知っていますよ」
「マジで!?」
「あら、マスターにそんな口の利き方をして」
ころころ笑う陰険シスターマスターに背筋をぞっとさせつつ、ざっと箒で落ち葉を掃いた。そのままくるん。
肩に担いでぐりぐりと。
「クランの猛犬の威光もとうとう地に落ちましたねランサー? 好いた相手に手も出せないなんて……不能なの?」
「……マスター?」
「なあに?」
「……何でもないです」
かつてアーチャーに言ったのと同じ言葉を搾り出した。何なら嗚咽したいくらいだった。だがそうすればこのマスター様はころころ笑う。鈴の鳴るような声で、さも楽しそうに笑ってみせるだろう、クソッ!
「ランサー?」
「はいなんでしょう!」
「何でもないわ」
――――このマスター様はサーヴァントの頭の中が読めるんでしょうかねえ。
首の後ろに当てた箒でぐりぐりと凝った箇所をほぐしながらため息をつく。これくらいなら神に仕えるシスター様だ、見落としてくれるだろう。でないと困る。でなきゃオレは丘の上の教会からわざわざ商店街の薬局までシップ薬とやらを買いに行かねばならぬ。
「ランサー」
「はい、なんでしょうかマスター」
「恋の手ほどき」
してあげてよ?
可憐なマスターが笑った顔は、いかにもな表現だったが天使のようだった。ただし堕がつく方の。


「アッ」
「?」
変なところで詰まった、畜生!
「……ーチャー」
「うん、何だろう」
「ちょっとよ、そのよ、」
「うん?」
「港とか、公園とか、一緒に行かねえ?」
「? うん、構わないが。何故?」
何故と来た。うん。わかってた、わかってたよ。とにかく鈍感なんだ、こいつは。その上で天然と来た。天然だ。天然だぞ?どういうことだ?少なくともオレの時代にそんなもんなかったぞ。いや、天然っつー言葉はあったがそれは天然ものだとか食物に使う言葉で、人間に使う言葉じゃなかったはずだ。うん、そうだ。そうに決まってるだろうが。
「おまえと一緒に行きてえんだよ」
だが、ここまで言えばわかるだろう!何しろ年頃のマスターからの教授を受けたんだ!一週間分の労働を対価にしてな!……うん、普通に激務だった。
「……うん?」
あれ?
「何故だろう?」
おおい!?
おかしいだろ。おかしいだろ!?なんで何故だろう?なんだ。こっちが何故だろう?だよこの野郎!あーあーあー、わかってるわかってるわかってる、このパターンだと大体、
「君と私が一緒に行く必要は、あまりないように思われるのだが」
「――――」
駄目だ。
もう駄目だ。二手で詰んだ。ここはもうアレを発動させるしかない。すげえアレをだ。最終局面で使うしかないアレをだ。いわゆる最終兵器だ、ぐおーっときてずばーっとしてどーんっとしちまうアレだぞこの野郎!
「ん……!」
腰を抱いて、体を傾け、その様はまるで舞踏だったろう。オレはやった。やってやった。奪ってやった!
“ランサー?最終技を教えてあげる”
奪ってしまいなさい。
あの最強シスター様はあっさりとそんなことを言い放った。……そりゃあオレも略奪婚上等の時代に生きた男ですよ。でもこの時代に来て、ちょっとはオチたんですよ。地元ならもうちったあ強かったんですよ。いや、マジで。地元なら強かったっすよ、とかヤンキーのガキか、って話だが。ああ、ヤンキーとかは聖杯が教えてくれた。
じゃなくて。
「……ぷはっ、」
「……アーチャー、」
あれ?
なんで、
アーチャーの目が、
とけて、
「……――――ッ」
「え、ええええ……」
泣きますよねえええええ!!
まずかった。悪かった。失策だった。全てがカオスだった。
まだ手も握らねえうちからのキスて。しかも前触れも何もなして。そりゃ泣くわ。泣きますよね。泣きますって。てかオレが泣きたいです。いや割とマジでもう本気で。あっその目は信じてねえなもう表面張力限界ギリギリでっていうか、こんなこと考えてる暇があったらっていうか、だなっ!
「悪かった!」
土下座する。
遠坂邸、つまりは凛の嬢ちゃんの家の前。
泣きかけていたアーチャーはきっかけを失ったようにぽかんとしてそんなオレを見てる。んだろう。頭を地につけてるからわからねえけど。
「何の許可もなくいきなり悪かった! けど、けど……っ……!」
声の限りに、腹から叫ぶ。
「好きなんだ、おまえのことが!」
心からの、言葉だった。
「殴ってくれて構わねえ! 蹴ったっていい、好きにしてくれ! 無視したっていい、オレはそれだけのことを……」
「……好き……?」
え?
「ランサー、君は、いま……」
あれ?
ふわり、とオレの肩に触れるもの。それは、冷たいけれど、硬いけれど、けれど、けれど――――。
「私に、なんて――――」


「あら?」
遠坂凛は衛宮士郎と並んで歩いていた。てくてくと坂を下り、たわいない話をしているところでそれを見つける。
「アーチャーと……ランサーじゃない。なに、ランサーったらやけに嬉しそうね」
からかいに行ってやろうかしら、と言う凛を士郎は押し止めた。限りない偉業である。
「遠坂。それは……」
「冗談よ」
くるっ、と回って凛が士郎の鼻先に指先を突きつける。ガンドを連想したのか後ずさる士郎に、馬鹿ねと凛は少女らしく笑って。
「あんな奴らの邪魔出来るわけ、ないじゃない」
恋の手ほどきは、捩じれた姿ではあるが作用した様子である。



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