「雑種共が群れおって鬱陶しい。エアで根こそぎ薙ぎ払うか」
「戯れだとはわかっているが止めたまえ」
むっつりとした顔でつぶやくギルガメッシュを、困った顔で諌めるアーチャーだった。
さて、この四次五次弓兵コンビが何故夜祭り(プラス花火大会)でふたりっきりで一緒にいるのかというと。
はぐれたのである。有り体に言えば。人混みで思いっきり他の面子とはぐれたのである。流されたのである。人波に。そりゃあなぎはらえー、である、英雄王も。まあアーチャーは止めたが。というか止めるだろう普通、誰でも。
大体いつでも本気、冗談というものがないのが英雄王ギルガメッシュであるのだから。……などと格好良く言ってみたが、その本人はかなりご機嫌斜めである。何しろ雑種雑種と忌み嫌う?一般人たちにもみくちゃにされれば怒髪天にもあっさり達しよう。臨界点突破だ。
「ふん。戯れだと? 当たり前だ。このような者共に我のエアを抜いてたまるかというものだ、馬鹿め」
「はいはい」
馬鹿でも何とでも、といった様子のアーチャー。その浴衣の袖を引いて、ギルガメッシュは歩き出した。
「英雄王?」
「留まっていても話にならん。歩くぞ」
「お、おい、こら、」
待て、と言っても聞かないのが英雄王だ。つかつか進んでいってしまう。アーチャーはたたらを踏みながら、何とか人波にさらわれそうになるのを堪えた。
アーチャーレベルの鍛え抜かれた体とは言え、人波・人混みの影響力というものはすごいものだ。少しでも気を抜けばどんどん流されていってしまう。しかも、しっかりと袖を掴まれているために、ひょっとしたら無様に転ぶことにもなり兼ねない。
なので先を行く金色の頭を見失わないよう気をつけながら、アーチャーはその後を追った。


「フェイカー」
どん。
……と、ギルガメッシュが足を不意に止めたことで人混み内に溢れる“誰か”にぶつかってしまい、アーチャーは慌ててすみませんと詫びた。顔さえわからない“誰か”の反応を確認する前にギルガメッシュが「おい」と横柄にアーチャーを呼んだ。
「何だね、急に止まって。危な――――」
「あれは何だ?」
「ん?」
見てみれば。
「ああ。あれはチョコバナナと言ってな。果物のバナナは知っているだろう? そこにチョコレートをかけて、カラースプレーを散らし……」
「買ってこい」
「は?」
「買ってこいと言っている」
「はあ……って、君な」
渡された財布には万札、しかなかった。
「屋台でこんなものを出されても、店主が釣り銭に困るだけだろう。全く……私が払おう。どれがいい?」
「あの桃色のものが良い」
「可愛らしい趣味だな」
「馬鹿げたほどに地味なものやくだらぬゲテモノを廃した結果だ」
たぶん、普通の茶色のチョコレートやブルー……水色のチョコレートのことを言っているのだろう。
アーチャーはそう思い、「ここで待っていてくれたまえ」と念に念を押し、屋台へと歩み寄る。そうして、店主に三百円を渡して桃色のチョコバナナを指さした。
「これをひとつ」
「おっ。兄ちゃん、ガタイがいいねえ! その割に可愛いもん買っちまって、彼女さんにでも強請られたのかい?」
「いや、その……」
「まあまあ。あ、くじを引いてってな。当たれば最大三本プレゼントだ!」
――――結果は、まあ、ラックE故にお察しというところで。
「遅いぞ。我を待たせるとは何事か」
「人を使わせた挙げ句に文句を言うとは……さすが人類最古の英雄王だな。ほら、お望みの品だ」
「うむ!」
と。
ギルガメッシュは俄かに機嫌を上昇させ、アーチャーの手からチョコバナナを奪い取った。そして勢いよくぱくつい、て――――。
「…………」
「……ギルガメッシュ?」
「…………」
「……どうした?」
「なんだこれは」
「え?」
「なんだこの安っぽい駄菓子は! こんなものを我に食わせるとは貴様、謀ったな!」
「いや、君が食べたいと言って……」
「こんなもの、こうだ!」
「むぐっ」
「こうで、こうで、こうだ!」
英雄王が食べかけのチョコバナナ(桃色)を口に突っ込まれ、目を白黒させるアーチャー。こうでこうでこうだ!という発言には何か思うところがあったのか、それともなかったのかは知る由もなかったが、それは立派なセクハラだったとだけは言っておこう。
「まったく……口直しだ! それなりに上等な物を食わせねばそれなりの刑に処すため、覚悟しておけよ!」
「ちょ……っと、待て、まだ、口の中のものが、む、ぐぐ、」
慌ててもぐもぐと口の中のチョコバナナを飲み込んで、アーチャーは暴君が人混みに野放図に放たれるのを阻止しようとする。
というか、それなりに上等なものなど出店や屋台で食べられると思っているのかこの英雄王は――――!?
それがアーチャーのその時の心境だった。
まさか、まさか。
まさか、その後で屋台でワンコイン五百円のお好み焼きを「これは何という珍味だ!」と英雄王ギルガメッシュが絶賛し、賛美し。
それだったらオレも作れるよ――――とアーチャーが素に戻ったという展開になるなんて、誰が知ったことだろう……。



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