「爺さん。それじゃ死人だよ」
「あれ。そうかい?」
「まったく……」
でも、僕は死人のようなものだよね。
そう言って笑った男――――切嗣を、合わせを直していた男――――アーチャーは咎めるように見つめた。
「あれ」
僕、悪いこと言ったかな。
とぼけてみせるが、悟っているのだ。自分の失言を。そんなことがわからないほど、衛宮切嗣は呆けてはいない。
「ごめんね、士郎」
「……私は。……オレは」
「士郎。だろ?」
「それはやめてくれないかな……」
頭にぽんぽんと手を置かれ、しかしアーチャーは振り払うことなど出来なかった。誰が出来ただろう。かつて自分より大きかった手が。かつて同じように自分の頭を撫でた手が。今の自分よりも小さくなってしまっているのがわかっていて。それを。
どうして。
「ほら。帯締めるから。ちょっと苦しいぞ」
「あはは、大丈夫だって……む」
「ほら」
苦しいって言ったじゃないか。
ぱん、と背中を軽く叩かれて切嗣がよろめく。驚いたようにアーチャーが鋼色の瞳を瞬かせたが、少しつんのめっただけだと知れてその風貌はほっと安らかさを取り戻した。
「それにしても大河ちゃんのところで祭りが主催されるだなんてね。士郎も来ればいいのに」
「いいんだよ、オレは。面倒臭いことにもなるし」
「ああ」
そっか、と鏡の前で自分の姿を確かめ、切嗣は頷く。
「“士郎”がふたりいちゃ、そりゃ厄介なことにもなるか」
でも、僕がいるんだしいいんじゃないかな。


――――切嗣さん……!!


自分の顔を見た途端、完全に不意を突かれた顔になって。
それから、名前を呼んで、ぼろぼろと泣き出した彼女の……藤村大河の声。


大きくなったね、大河ちゃん。
綺麗になったね、と笑って、少し困ったように笑って、それでも嬉しそうに。
自分にしがみついて盛大に泣き出した大河の泣き声を、今でも切嗣は忘れない。忘れられはしないだろう。あの。
……あの、地獄の瞬間に再び叩き落されたとしても。その先に、こうして彼女たちが続いているとするのならば。


キリツグ?


不思議そうに自分の名前を呼ぶ、白銀の髪を伸ばした、やはりあまり背の伸びていない、それでも成長した、愛娘の姿がくっきりと切嗣の瞼裏には――――。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
アイリスフィール・フォン・アインツベルン、愛しい妻との間に儲けた娘。大きな大きな赤い瞳できょとんと切嗣を見上げて、無言で腰にしがみつく大河と共に切嗣の足にしがみついてきた愛娘。
小さな体は、小さかったけれど、十年分の成長を遂げていて――――。


「イリヤも来るんだしさ。やっぱり、士郎も来ればいいよ」
「……爺さん。だから」
「ね。士郎」
くるり。
「ッ」
切嗣が振り返ると、そこには眉間に皺を刻んだアーチャーの顔があった。その顔が十年前に巻き戻ったようにほどけ。
「えいっ」
「うわ!」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
背伸びをして、白い髪を掻き乱した切嗣は数歩後ずさり、うん、うん、などと頷き。
「やっぱり」
士郎だ。
前髪をすっかり乱してしまったアーチャーに向けて、笑顔でそう告げた。
懸命に前髪をてのひらで上げようとしているアーチャーに向けて、なおも笑顔で切嗣は告げる。
「もうさ。無理とか、背伸びとかやめちゃいなよ、士郎はさ」
「…………爺さん、オレは」
「僕は。士郎の……“君”の辛さをきっとわかってはあげられないんだろうけど」
でもさ、と切嗣は鋼色の瞳を見つめて、
「でもさ。でも、これからは」
もしかしたら、と。
「勝手かもしれないけど、ね」
そう言った切嗣の目は頼りなげでも息子を見る父の目をしていて。それを見つめ返すアーチャーのまなざしは、息子のそれに酷似、していた。



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