「アーチャー!」
まるで子犬が転がりながら駆け寄ってくるような声がする。
だがその声に振り返ればやってきたのは、金髪碧眼の端正な容姿をした青年で、イメージをまるっきり裏切られること請け合いなのだった。
彼の名はアーサー。聖杯戦争に参加するサーヴァントであり、クラスは最優と名高いセイバーである。
そんなセイバーだったが。
「アーチャー、アーチャー、お腹が空いたよ。今日の昼食は何だい?」
「いい鶏肉が入ったのでな。昨日はタイムセールで新鮮な卵が大量に買い込めたことだし親子丼にしようかと思っているよ。だからもう少し待ってくれないか」
「親子丼!」
途端にセイバーの瞳がキラキラと輝きを増す。口を噤んでいれば王子様然としたその容姿は先程の子犬の声とマッチするものとなって無邪気に彩られ、「楽しみだ!」という意見を全力にアーチャーへと向けて発揮していた。
「どのくらいかな、どれくらいで出来るかな?」
「だから待ってくれと言っているのに、君も言うことを聞かないな……。それならば、」
「?」
一見その容姿には似合わない、けれど奇妙にマッチする、首をかくんと傾げるという仕草をしてみせたセイバーにアーチャーは手の中の卵を弄びながら珍しく、いたずらっぽい笑顔で。


「アーチャー、アーチャー。上手く割れたと思うのだがどうだろう?」
「ふむ……中に殻も入っていないし黄身も潰れていないな」
器用だと褒めるアーチャーに、セイバーが頭を突き出してくる。いったん「?」とクエスチョンマークを浮かべたアーチャーだったが、すぐ合点がいったような顔をして。
「王様が望む褒美としては、なかなか風変わりなものだ」
「アーチャーの手は撫でられていて心地好いからさ」
ついつい、ね。


褐色の手に頭をなでなでされながら嬉しそうに言うセイバー。割られた卵の入ったボウルを抱えて、嬉しいです!と全力でオーラを放っている。
何だか金色の頭に耳が、あと尻尾も見えそうだったり。
「でもアーチャー。最終的にこの卵は溶いてしまうのだろう? 潰れてしまっても問題はないと僕は思うんだけど、どうかな」
「それもそうなのだがね……けれど、手先が器用だと後々得をするぞ?」
「ふうん」
何となく納得がいったような感じのセイバーだったが、ふと子供じみた笑みを浮かべる。そして、
「例えばこういう時かな」
「!」
ふわり、と伸びた手は鶏肉を切っていたアーチャーの首筋を撫でていって、びくりとその体を震わさせる。にこにこと無邪気に笑んだセイバーは、ね?ね?と褒めて褒めてと言うかのような顔で空いた方の手でボウルを抱え、アーチャーを見ていたのだ、が。
「……君……」
「ん?」
ごつんっ!


「あいたたた……ひどいじゃないかアーチャー……」
「ろくでもないことをするからだっ! 全く……しかも刃物を取り扱っている時だというのにっ!」
「アーチャーは、刃物の取り扱いには慣れているだろう?」
「そういう問題ではない!」
頭に大きなたんこぶを作ってセイバーが唇を尖らせる。そんな大きな声出して怒鳴らないでよ、と甘えるような声を出して。
いや。
ような、ではなく、完全に甘えた声だ。
「あまりいたずらをすると、昼食を抜きにするぞ」
「! それは困る、僕の楽しみのうちのひとつが奪われてしまうじゃないか!」
「ひとつは」
「食べること」
「ひとつは」
「寝ること」
「……もうひとつは」
「アーチャー、君と触れ合うことさ」
……微妙にセーフ?
人の三大欲求、食欲、睡眠欲、あとはもにゃもにゃ。
触れ合うというのがどれほどの深度かアーチャーは測りかねて、とりあえずは調理に戻ることにした。
「まだまだ人数分の卵が君に割られるのを待っているぞ。さあ、そこにある卵を全部割って、そうしたら菜箸でかき混ぜてくれ」
「了解!」
大輪の華のように笑って敬礼するセイバーにどきりとしつつ、包丁を持ち直し鶏肉の調理に戻るアーチャーだった。


「出来たー!」
やがて人数分の親子丼が出来上がり、セイバーは嬉しそうに歓声を上げる。
繰り返すが王子様然としたセイバーがそんな風に無邪気に快哉を上げているのを見ると、何だか不思議な、けれど微笑ましい気分にアーチャーはなってしまって。
「君が手伝ってくれて助かったよ、セイバー。それでは他の面子を呼びに」
「あ、アーチャー」
「ん?」
「その前に、その前に」
あーん、と口を開けて残りの卵とじになった鶏肉を指して、食べさせてと強請ったセイバーに。
ちょっと頭痛を覚える、アーチャーなのだった。


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