scene:10
私を殺してくれ。
オレのこいびとは、夜ごとそう言っては泣いて、オレに縋る。そうしないと心の均衡が保てないところまで来ているらしい。むざむざと失うのは惜しいのでオレは夜ごと奴を殺す。殺すって言っても、実際に殺すわけじゃない。
疑似的な死。
簡単に言えばセックス。
唇を奪って、息の根を止める感覚を味合わせて、喉仏に齧りつき命の源の血管を食い破られる錯覚を与える。ぼたぼたと惜しげもなく溢れる、熱い血の感覚に奴は泣き声を上げて身悶える。錯覚だっていうのにな。剣製の英霊だってだけあって想像力が豊かだ。
オレはまともに愛してやりたいと思ってる。
そういうもんだと思ってる。
だが、奴が求めるんじゃ仕方ねえ。そも、放っておけば奴は壊れる。なら、そうするしかないだろう。
舌打ちして、オレは突き入った。慣らすと嫌がるので魔力を引きこもうとする蠢きに乗じて何とか飲みこませていく。
口をだらしなく開いて、あ、あ、と声を漏らす、その腰を掴んだ。馴染む間もなく動きだす。
嬌声なんてもんが導きだされるには程遠いだろうに、奴は悦んでいた。
心底歪んでいやがる。
そんな奴をオレは好きになった。
こ、ろして
縋ってくる。
私を、殺し、てくれ
泣きながら求める。伸ばされる手を肩に回してやった。とたんぎち、と肉に指が食いこむ。
突き上げられるごとに命を絶たれる錯覚に酔っているのだろうと思う。聞いたことはないから知らない。
昼間のこいつは夜のこんなことなんて知りませんって顔で澄ましていやがるからだ。それも当然で、こうして夜ごと「ころされる」たび、奴の思考はリセットされるからだ。そうしないと奴はもう駄目なところまで来てしまっている。それを昼間は隠して、夜になるとさらけだす。隠して。―――――本当は、そんなんじゃなく―――――。
本当に昼間のこいつは、自分の奥底に眠る願望なんて知らないのかもしれない。
あっあっあっあ、と余裕のない声を上げ始めると、ああそろそろ終わりだと思う。舌がもつれ始めて呂律が回らなくなり、それでも言う。
殺してくれ。
……くそったれ!
追い詰められていくことに興奮して張り詰めた熱を解放して、それと同時に内側を、注がれる大量の熱で焼かれることで奴の思考はリセットされる。
初めは戸惑ったがもう慣れて、スムーズに事を運ぶことが出来るようになった。
だが、時々イレギュラーがある。
ころさない、で
反転。
打って変わって命乞いをしながら、やはり泣く。
オレを、殺さない、でくれ
昔の。
どれくらい昔かは知らねえが、きっと坊主よりその中味は幼い。退行した奴は必死に殺さないでくれと哀願する。
唇の、指の、肌の、体温の、呼びかけのいちいちに怯えて身を強張らせる。開かれていた体は閉じて、ただ必死にころさないでくれ、と。
スイッチがどこにあるのかはわからない。奴自身、それを知らないだろう。
時々浮上してくる幼い子供は、ころさないでくれと繰り返してはその身を縮こまらせる。とっくに大人になった。成長しきった体を理解出来ないまま、周囲すべてに怯えていた。
それがキリツグとやらに拾われたときの奴なのか、正義の味方を、英雄を目指していたときの奴なのか、どちらでもないのか知らない。
聞いたとしてもまともな答えは返ってこないし、知ったとしてどうする。
オレが組み敷いて見下ろすと奴は震える。声も出ないといった顔で。
さんざん、喘いでいたくせにだ。
殺さ、
言いかけた唇を塞ぐ。悲鳴ごと蓋をした。暴れる体。怯えきった奴はうっかりすれば舌を噛んでしまいかねないので、仕方なく、奥から引きだしてきて絡めてやさしく粘膜を撫でてやる。殺してくれと言った奴なら噛みきってやれば幸せそうに笑うのだろう。涙目で。
だけれどこいつにはそんなのは逆効果だ。
ん、うん、とつたなく声を漏らすのに愚かにも欲情した。それでも抱くことはしない。
抱いたら完璧にこれは壊れるだろうし、その連鎖反応で殺してくれとねだる奴も壊れて死ぬだろう。正しい意味でだ。
どちらも「エミヤ」だ。
オレのこいびと。
本当に駄目な奴で、毎夜忘れないと自我を保っていけなくて、なのに嫌いになれない自分にため息をつく。
唇を離せばゆるんでとろけた鋼色の瞳で見上げてきて、
―――――。
一体、どっちだ?
わからないから、ただ抱きしめた。涙に濡れた目をきつく閉じて縋ってくる。そのしぐさは「私」も「オレ」も同じで、結局判断がつかずにだからせめて、
馬鹿野郎、と。
笑って、縋りつく体をただ、ずっと抱きしめていた。
明日になれば全部忘れられてしまうとしても。それでいい。そうしないと、「エミヤ」は瓦解してしまうから。
殺してくれと殺さないでくれと、矛盾した願望を突きつける、愚かなこいびとを、オレはずっと。
オレは、ずっと。
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