scene:11 
アーチャーとランサーが喧嘩した。

「いいのよ、放っておきなさい」
遠坂はそう言うけど、だけどなあ。
ご近所さんの手前庭先でふたりのいい年した男が体裁も気にせずぎゃあぎゃあ騒いでいるのはどうかと思う。そう、遠坂と桜、セイバーとイリヤ、みたいな微笑ましい女の子たちの喧嘩じゃない。これはまるっきりガチンコバトル。ファイトクラブだ。
手や宝具が出ないだけましか。
「男っていくつになっても子供ね」
待てイリヤ、おまえがそんなこと言うな。
なんか―――――かわいそうじゃないか、あのふたりが。哀れむでもなく蔑むでもなくこう、なんだかやさしく言われちゃったりしたら、心底、こう。
「あ、ありますよねそういうのって! 男の人っていくつになっても男の子……っていうか。ふふ、かわいい」
桜まで。
ライダーはどう思っているのかわからないけど何故だか口元がゆるんでいるし、セイバーにいたってはこくこくうなずいている。
いや、もしかしたらそれは新作の大判焼きを堪能しているせいかもしれないけど。
じゃない、止めなきゃ。
「あん。シローウ、やめときなってばあ」
「そうよ士郎、あんたじゃ巻きこまれるのがオチよ」
「そんなことないっ、俺は一応この家の主だ! だったら、家で騒いでる奴を止めるのは当たり前だろっ!」
イリヤと遠坂に向かって言いきる。するとふたりはなんだか微妙な顔をした。
「お父さんって言えばいいのかお母さんって言えばいいのか……」
「半端よねあんた」
「1/2!?」
ばっさり斬られた。なんていうかこう、袈裟懸けに。
相変わらず庭先ではアーチャーとランサーが喧嘩している。……大体、なんでふたりは家で喧嘩してるんだ……?
港にでも行けばいいじゃないか。なんか、慎二OH!とか慢心OH!とかいるかもしれないけど、んーまあそれはそれで。というかだ。
「ぶっちゃけ世間体ってすごく大事なんだよ」
近所付き合いって難しいんだぞ知ってるのかそこらへん。
回覧板とか。町内会とか。衛宮の“衛”って判子押すとき上手く押せないと潰れて読めなくなって何がなんだか、なんだぞ。
「えっと、習字の、名前を小筆で書くときのようなものだと思えばいいですか?」
あ、桜それ上手い。
やけにすとんと胸の中に落ちた相槌になるほどなーという顔をしたとたん、絶叫が家全体を揺るがした。

「これだけ言ってもまだわかんねえのか! これだからガキは!」
「それは君の方ではないかね!」
「何だと!? 言ったなアーチャー、だがそれは大きな間違いだ。オレは若いがガキじゃねえ、少なくともおまえよりは立派な大人だ!」
「ふ、現代に残っている伝説を紐解けばおのずと答えは導きだされる! 英雄クー・フーリンは一生を駆け抜け、若くして生涯を閉じたとある! つまり―――――」
「短い生涯を駆け抜けたのはおまえも同じだろうが、ドMのおまえが老後云々とは言わねえけど人並みに長く生きられるほど自分を労わったとは思えねえ! だからせめてこの現世ではオレに大切に愛されてればいいんだよ!」

―――――。
なんか。
この光の御子、何気にすごい、こと言ってるような気がする。

「だが断る! 私は、」
「だが断る返し! そして無償の抱擁ただ愛によりて!」
「くっ卑怯だぞランサー! ……事あるごとにべたべたと抱きついてきて……子供か君は!」
「だからガキはおまえだろ!」
「いいや君だ!」
「おまえだ!」
「君だ!」

ずずずずずずず
ぱりぱりぱりぱりぱり
さくさくさく
ぺらぺら
こくこくこくこく。
緑茶をすする遠坂。
煎餅を齧るイリヤ。
薄焼き煎餅を齧る桜。
文庫本のページをめくるライダー。
ひたすらうなずくセイバー。
……なに、この状況。
「ほーんと男って子供なんだから!」
「見た限りアーチャーもランサーも、わたしからしてみれば幼子にしか思えません」
「かわいいですよねえ。かわいいなあ」
「桜。スカートから影が出てるわよ。しまいまさい」
「……………………」
こくこくこくこく。
うなずくセイバーとは反対にぶんぶん首を振る。
……女の子のことはわかりません、そして庭先で言い合うライダー曰くの「男の子」の気持ちは、なんだかとてもよくわかってしまった。
つい大人ぶってみたくなる感じ……好きな相手の前では特に大人ぶりたいとかそういうのすごくよくわかる!
一歳とか二歳とかそう違わないじゃないかとか、年齢なんてって思うかもしれないけど結構大事なんだ、男にとっては。
あとランサー。
無償の抱擁の前半については、ダウト。
「ふっふーん。昔を思いだすわあ」
何ッ!?
この気配……今までは感じなかった!まさかこの虎、今の今まで己を消して潜んでいたというのか―――――ッ
「気配遮断スキルEX」
「真アサシン!?」
嘘だ、おまえは虎だ、暗殺者だなんてそんなの柳桐寺の撲殺教師で充分……!
「士郎もねー。昔は大変だったのよう。なにかにつけて“俺は子供じゃない!”とか“ガキ扱いするなよ藤ねえ”とか」
女性陣の目が輝く。ちょっ、そこのあかいあくましろいあくま、そしてライダー、眼鏡をズラすな!
「へえ……衛宮くんったら……」
「シロウ……お兄ちゃんったら、かわいいんだー」
「うんうん、扱いにくいけどとてもかわいかった」
真顔でうなずく虎。
一転して輝くような笑顔を見せて、
「もっと聞く?」
「いいから!!」

そんな危機を救ってくれたのは、
「あ……」
セイバーがその日初めて漏らした、小さなつぶやきだった。
一斉に振り向いた先では、
なんか、
アーチャーとランサーが、
というかランサーがアーチャーに、
していた。
ちなみに虎のまなこはライダーが両手で塞いでくれていた。
「えーなにー? 真っ暗で何も見えなーい」

「こ、の、…………ッ言い合いで勝てないから口を塞ぐとは何と短絡的なやはり貴様はッ」
ああ、だから
「…………っは、だから、子供、だとッ」
その子供を煽るような真似は
「…………いい加減にッ」
やめてくださいよあんたも。

「……なあ遠坂」
「何?」
「ランサーの伝承……詳しく載ってる本っておまえの家の地下室に置いてあったりしないか」
「伝説って割と大ざっぱだから伝説って言うのよ。まあ調べてみるけど。それより士郎」
「なんだよ」
「あんた結局、いくつまで生きられたの?」
「知るか!」

俺とあいつは違うし、知ってたってこの状況では答えたくない!
あーもう早く飼い主が猛犬を連れ戻しにきてくれないかなあ、とぎゃあぎゃあ言い合うふたりから目線を逸らして思うのだった。

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