scene:15 
【座布団と幸せを運ぶ】

「……嘘だ」
つぶやきが漏れる。
そろって。ふたつ。ダブルで。お得。そうじゃない!
ねえそれなんて夫婦、というタイミングでつぶやいてしまった赤と青の着物を着た英霊は深く深くうつむいていた。なお、実際には水色とかはあれど青というポジションは存在しないとか、大体がそんなトンチキなカラーリング和風に持ってこないし、とかいうツッコミは世界という司会が速やかに排除する。そういうシステムになっている。
水色があるんだもの。和が似合う青があったっていいじゃないか。
「問題はそこじゃねえよ問題は!」
だん、と叩きつけられた拳。ゲイボルクが出てこなかっただけまだ心の平静を保てているのか。体中でわなわなと震えているけれど。
先代に続いて血涙を流しそうだけれど。
隣の赤い英霊は大変に複雑な表情だ。どうしよう。どうしたらいい。そういった類いの表現がふさわしいのだろう、おそらくは。
どちらを優先したらいいのか。
「ランサー」
そっと青い肩に置こうとした手は、跳ね上がった動きにびくりと引っこめられる。最速サバイバルサバイバー。なんて称号がぴったりの勢いで顔を上げた青い英霊は物凄い勢いで、まるでその指先に呪いを込めるかのように舞台の隅を指したのだった。
「とりあえず言いてえことは山ほどある! だが最初に言っておく―――――アレと“幸せ”がどうやったらつながるんだ!?」
そもそも赤くねえし!
黒いし!
絶叫と指の先で笑みを浮かべ、ひらひらと手を振るのは赤い英霊の写し身の。
黒い英霊。
「本来なら赤いはずだよなあなあ赤いはずだよなあ! アレ黒いしな!? 上から下まで黒いしな!?」
ひらひらと健気に振った手とは反対の手で押さえていた座布団も黒い。余談だが。
「ランサー」
先程の赤い英霊と同じ声、だがしかし明らかに異なる呼び方、声音で呼ばわれた青い英霊はびくりと身を竦ませた。
振り返ればそこには黒い英霊。金色の瞳を細め、白い肌に這う紋様を指し。
「赤いところを希望するならば、ほら。ここが赤いだろう?」
「―――――ッ、だからどうし」
「それに」
する、と。
「この……君にしか見せたことのない秘奥も、赤いと言えば赤」
「見てねえええええ!! 絶対に思いっきりどうしようもなく運命的にひとっかけらも万にひとつの可能性もなく何があろうとてオレは見てねえしこれからも見る予定がねえよそんなものっていうか下ネタだよなあ思いっきり下ネタだよなあオイ!」
見るとしたってアーチャーのだけです!ていうかもう見ましたけどね!?
青い英霊は絶叫して、赤いツンデレもとい赤い英霊に座布団から突き落とされていた。赤いツンデレもとい赤い英霊は耳まで赤くなってツンデレのテンプレっぽいセリフを吐いていたがひっくり返った青い英霊と着物の裾をモザイクかけてモザイク!といったギリギリまで引き上げていたマイペースな黒い英霊のどっちも聞いちゃいなかった。
ついでに黒い英霊ははいちゃいなかった。
「着物の作法だろう?」
「私と同じ顔で真顔でそんなことをしれっと言うなこの痴れ者が!」
「駄洒落か? このツンデレ」
大喜利はまだ始まっていないぞ、と返されてしばしの沈黙の後に、
「違うわあああああ!!」
はっと我に返った顔になってから真っ赤になって、裏返り気味の声で全力で否定した赤い英霊だった。
意識せずのそういうシチュエーションというのは恥ずかしいものだ。ものすごく。


「…………」
「…………」
天と地。
ってこういうの?
青い英霊と赤い英霊は奇しくも同じ感想を脳裏に浮かべた。
その前にはふー、と白い肌を上気させてすごくいい顔で額の汗を拭い、私やり遂げましたという顔の黒い英霊。
キラキラ輝いている。すごくいい顔で。
「あのよお……」
聞きたくもないが。
そんなオーラを全体的に醸しだし、それでも聞かずにはいられないとばかりに青い英霊が声を絞りだす。汗を拭っていた手を下ろして、ん?と反応した黒い英霊に向かって、
「これ何の罰ゲームだ!? 何の罰ゲームなんだ!?」
天井すれすれまで積み上げられた座布団タワーの上から叫んだ。正直遠くてあまりよく聞こえない。
「罰ゲーム? 一体何のことだ?」
「この座布団の量は何だって聞いてんだよ! 普通上限十枚だろ、ありえねえだろこの量!?」
「何を。これでも足りんくらいだよ」
そう言うと黒い英霊は瞳を閉じ、胸に手を当て。
「これは私のランサーへの愛が具現化したもの……私のランサーへの愛はリミッターを振り切ってフルブレイクフルスロットルだ。固有結界、無限の座布団を……」
「ちょっと待て固有結界って言ったかてめえ、固有結界って言ったか!? 何くだらねえことに魔力使ってんだ、ああ!?」
こぶしを叩きつけよう―――――として、座布団が揺れたことで青い英霊はとっさに動きを止めた。
うん。
クランの猛犬の本能が。
一方赤い英霊は、静かに目を開くと己が敷いたものを指して、
「そちらの話はいったんオチがついたようだな? それではこちらの問いに答えてもらえると有り難いのだが」
「何だツンデレ」
「ツンデレと言うな!」
ダメだった。
もたなかった。
忍耐は硝子だった。ひびが既に入っていた。時間の問題だった。一秒も無理だった。
「私に対する貴様の対応にまともなものなどもはや望まんよ、だがしかしな、これはなかろう!?」
顔を三度真っ赤にして、赤い英霊が示したのは―――――。
雑巾だった。
黒い英霊はさらりと、
「何を言うか。敷くものを用意しただけ感謝してもらいたいものだというのに」
「これならばない方がまだましというものだこのたわけ!」
素だった。
嫌がらせでもなかった。ひどいものである。


「そもそもな、私が何故この役割を選択したかというと……」
「あ、うん、時間的にそろそろオチだよな、聞きたくねえすっごく聞きたくねえだから言うな言わなくていい言うんじゃねえ言わないでくださいお願いします」
「座布団などより私を(検閲削除)してくれランサー!」
「言うんじゃねえって言ったよなああああ!?」
「なます切りにしてくれるこの色狂いが!!」



【お魚くわえたドラ猫追っかけて】

「それでな、桜が浮江さん役!」
浮江さんというのを明らかにウキエサンとカタカナ発音で言いきって、セタンタはどうだと愛する教育係を見上げる。
教育係、エミヤはそれにやわらかくうなずく。基本的にエミヤがセタンタの言うことに異を唱えることはない。めったな問題発言が飛びださないかぎり。
「なるほど、確かに彼女は家庭的でやさしくもある。ぴったりと言えるだろうな」
「やっぱりエミヤもそう思うか!?」
ぱっ、と。
目を輝かせてエミヤの膝の上に手をついてその顔を覗きこむセタンタのまわりに飛ぶ花。色とりどりの愛らしいオプションは、薔薇色の頬と美少女めいた相貌に実にマッチしている。
冬でも半ズボン、武術の血筋の家柄の次期当主、勉強よりスポーツと少年マンガ要素を満載しながら容姿は少女マンガ寄り、という矛盾存在がセタンタ小学四年生なのであった。
美味しいところどりと言えば聞こえはいいけれど。
「ならばライダーは?」
「……ジンロク?」
「……何故?」
「……眼鏡だから?」
首をかしげるセタンタ。
訂正。
今の発言で少し少年マンガ寄りにかたむいた。
微妙に微笑みながらしかし何も言わないエミヤの前で、セタンタはうーんとと首をひねる。
「エミヤはなあ……フネ……だけど怒ったときはナミヘイっぽいよな。たわけーって言ったとき揺れるもんな、家。だけどやさしく怒るときもあるよな、ん、やっぱりフネ……?」
オレたちのおふくろっぽいし、とますます首をひねるセタンタは、は、と目を見開き。
「あ、だけどだけど! だけどな、エミヤはまずオレの恋人だから、そこはしっかりしとかないといけないとこだからなっ!」
膝上に手をつき乗りだしていた身を、さらに乗りだした。勢い跳ねるしっぽ。迷うならば足してしまえば良いのでは、と折衷案を出そうとしていたエミヤはその勢いに瞠目し、ややしてから相好を崩す。
「ああ。わかっているよ、セタンタ」
そう言って青い小さな頭に手を乗せると、愛しげに、慈しむようにエミヤはそっとささやく。
「私の大事な―――――」
セタンタ、と当然のように告げられるはずだった続きは、けれど。
「なら、てめえはなんだってんだ?」
お約束のごとく。
「……ッ!」
闖入者によって遮られる、のだった。
「バカ兄貴!」
怒鳴り声を上げたセタンタは同時に立ち上がると襖に寄りかかった兄に向かい睨みをきかせる。せっかくのエミヤとの蜜月、せっかくのエミヤからの甘い言葉を!
邪魔するんだことごとくこの兄は邪魔するんだと上機嫌に跳ねていたしっぽを今度は怒りに逆立てセタンタは背伸びをし、兄をその赤い瞳で睨みつける。
「割りこんできてなんだよいきなり! ノリスケ並みに空気よめねえよな!」
ランサーがそうであるか云々は置いておいて、その表現には納得しかけてしまったエミヤだった。彼はかなり空気が読めない種類の人間ではないかと思う。悪気はないのだと思うが、思うのだがしかし。
「は、そういうてめえこそノリスケ並みに人の話を聞いちゃいねえじゃねえか。オレは言ったよな? “ならてめえはなんだってんだ”、ってよ」
ノリスケ、さんざんな扱いである。
そんなノリスケは置いておいて、区切るように念を押すように言われたセタンタは奥歯を噛みしめる。そういえばと気づいたのだろう。放っておいて話を切り替えればいいのに、そういったことができないのがセタンタのいいところであり、悪いところでもあった。
真面目であり同時に融通がきかない。エミヤ譲りだ。
「カ―――――カツオ、とか」
しばらく考えた後、握りしめていた手をぐ、ぱ、ぐ、ぱ、と開きながら視線を畳に落としてセタンタはつぶやいた。迷っていたが妥当な位置に着地したと言えるだろうか。学年は一学年上であるが小学生、活発な男子というイメージをそのまま形にしてみました!といった感じのカツオならばどこからも文句は。
……文句は、と、いうのもおかしな話だが。
「―――――ハ」
おかしな話だが、文句が出るのがこの兄弟間でのお約束。
案の定ランサーはセタンタの言葉を鼻で笑い、ほとんど垂直にしっぽを逆立てたセタンタを検分するようにことさらゆっくり視線を這わせて。
「何言ってんだ、てめえなんかタラオで充分だ。金ぴか社長の弟と一緒にバーブーとかチャーン!とか言って遊んでろ」
「ランサー! それはタラオではなくイクラだ!」
「エミヤつっこむところそこじゃねえし! 大体じゃあ兄貴はなんなんだよ、兄貴がカツオやりたいのかよ!」
このガキダイショウ!とカタカナ発音でセタンタが叫ぶとランサーはハァ?と普段の調子で返しつつ、
「なんでオレがあんなガキやらねえとならねんだよ。エミヤがサザエやるんだからオレはマスオだろ」
「…………」
「何そろって固まってんだ?」
「あ、いや、その」
「ヨソウガイのテンカイ……!」
裏口から入ってくると思いきや玄関から堂々とチャイムまで鳴らして!
といった顔のセタンタは気を取り直して、ぐ、ぱ、ぐ、と繰り返していまだ驚いた顔のまま固まっているエミヤを背に声を張る。
「エミヤにサザエなんて似合わねえよ! エミヤあんなにドジじゃねえし! 財布忘れたり裸足で外出たりしねえし!」
「だがよ、夫婦でそれなりの年っつったら、サザエとマスオしかいねえじゃねえか。おっと、タイ子とノリスケとか言うんじゃねえぞ。オレはノリスケだけはごめんだ」
「ランサー……君はどうしてそんなに……」
ノリスケを嫌うんだ、と言おうとしてエミヤは口を閉ざした。聞いてはいけないような気がしたから。
セタンタはぐぐぐ、と眉を寄せてランサーを睨みつけ、次の瞬間全身を使って叫んだ。
「なんだよ! じゃあ今度から兄貴のことヘタレって呼ぶからな! ヘタレ兄貴! ヘタレ! ヘタレ兄貴ー!」
それは。
マスオ=ヘタレ、ということにならないだろうか。
エミヤはそう思い、口にしようとしてやめた。言ってはいけないような気がしたから。
マスオは……彼は確かに気が弱い、かもしれないけれど人のいい、立派な父親なのに……。ふとエミヤの脳裏を過ぎっていく独白。
それを塗りつぶすかのようにランサーは。
「ああ? んなのあっちがオレに合わせんだよ。なんでオレがあんなヘタレに合わせねえとならねえんだ。寝言は寝てから言いやがれ、ガキが」
それとも目ェ開けて寝てんのか云々、
ランサーの演説は続くのだったが唖然呆然とするセタンタとエミヤは聞いちゃいなかった。
役割を振るならタマであろうか。こねこさんがなあんと鳴く。
そうしてマスオさんの、あの声で、さめざめとすすり泣くのが聞こえた気がした。そんな、日曜日の夕暮れ時だった。



【鉄腕!Fate村】

アヴェンジャーが言うので。
「…………」
「どうした衛宮士郎」
「は、あ、え?」
「見当違いのところを耕しているぞ。それでは土が泣こうというものだ。やる気がないのなら鍬を捨てろ」
声の主までとは行かないものの、眉間に皺を寄せて無心に鍬をふるっていた士郎は我に返る。見れば一直線に耕していたはずの畑は蛇行した跡を付けられ、一直線などと口にするも甘い、千鳥足としか言いようのない有り様だった。
そんな気はなかったと思うが事実としてそれは目の前にある。何も言えず無言の士郎にアーチャーはそれ以上何も言わずに去っていった。
種と苗を、取りに行くのだろう。
「―――――ッ」
士郎は唇を噛む。悔しい、けれど事実だ。
こんな気持ちで取り組んで、土が答えてくれるわけがない。アーチャーの反応だって当然だ。
けれど思ってしまった。
(甘いんだ)
あいつには、と。
あいつが言うのなら。……アヴェンジャーが言うのなら、こんな。
遠くではしゃぐ声が聞こえる。自分とよく似た、だというのに決定的に違う声が。
振り向いて見ればそこには柵に腰かけたアヴェンジャーと傍に立つアーチャーの姿。作業着姿のふたりはアヴェンジャーがほぼ一方的に喋り、アーチャーは時折相槌を打つ程度。だが、アーチャーの表情は。
わかっている。
こんなのは違う。先程のアーチャーではないが、見当違いだ。
ふう、とため息をつき、士郎は一度手から離した鍬を再び握る。そして小声で。
「―――――構成材質、解明」
気合いを入れるようにそうつぶやいてから、畑を耕し始めた。
ざく、ざく、と音。強化、投影のときのように土と一体化していく、その感覚の中で白く、小さな面影を想う。
“がんばってね、シロウ”
そう、彼女なら。言ってくれるはずだから。
そう、言ってくれるならば自分は頑張れる。
メエエエエ、と遠くから、白い。ああ、ええと、白いけれど面影とはまたまったく違った、白いものが、鳴いた。

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