scene:16/02
背後から突然にぎゅう、と抱きしめられても表情を変えずにつぶやく。
「あまりひどく乱すことだけはやめてもらえれば大抵のことは許容しよう、ランサー?」
着付けというものは案外に大変なのでな、と続ければおまえオレに甘いよなあ、という声が聞こえた。実に楽しそうな声だった。確かに自分はこの男に甘い、と抱かれたまま思う。いくら現在家にいる面子がほとんど庭に集中しているとはいえ、一体いつ、誰がどうやって部屋に入ってくるとも限らない状況なのである。
それでも離せと言わないのは。
「いいよな。浴衣ってのは」
見るのも着るのも。やはり楽しそうに。
「ちょいと堅苦しくもあるが、慣れりゃどうってこたねえ。ぴしっとするっていうのか。あと」
する、と手が入ってきた。
ため息をつく。
「……元がぴしっとしてる分、崩れたところがいい」
手は熱い。初夏だから?いいや、関係はない。記憶するかぎりこの手はいつだって熱いのだ。この男の気性のように荒く、熱い。そして自分を溶かす。鋼である身を。剣である身を溶かしてしまう。
厄介だ。
「ランサー?」
「ああ、ああ、わかってる。ひどく崩すなってんだろ?」
「それもそうだが。……君、外で行われていることについての興味は?」
「昼間に大体済ませちまった。願いごとはしてねえ」
「何故」
「そりゃあ、満たされてるしなあ」
首筋にくちづけられる。長い髪が触れた。紺色の浴衣に男の青い髪はよく映える。見立てたのは自分だという事実が少し誇らしかった。差し色のように、ピアスの銀色と瞳の赤色。
どうして背後の男の瞳が見えるのだろうかと思った次の瞬間に、畳を背に敷いていたことに気づいた。さすが最速、と、的外れなことを思ってから。
「ランサー」
「わかってるってのに。上手くやるって」
「ならば帯に気をつけることだ。そこが緩んでしまうともうどうにもならん」
「―――――へえ。協力的なことだな」
「言っても止まらんのだろう。だとしたら、せめて対策を用意しておくと」
それだけのことだ。
つぶやいて、多少口元を吊り上げてみせた。男は目を丸くしてから、
「上等」
凄惨に笑ってみせた。
「なに、考えてやがる?」
「いや。君ならば、日付など関係なく川を越えてやってくるのだろうなと思っていた」
「そんなのは当然のことだろ。惚れた相手が向こう岸にいるってのにどうして我慢しなきゃならねえ。やるこたやらねえで引き離された、まあそりゃ悪いかもしれねえがな、だからっておとなしくしてる義理はねえ」
「君、らしい」
「ついでに言や雨が降って? カササギだとか? そんなもんが協力してくれるらしいが、オレはそんなもんいらねえな。生憎だが、てめえの力でやるのに意義があると思ってんだ」
「それは……」
「……あ」
「……あ?」
「……帯」
「……君な……」
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