scene:17 
死人のような。
嘲笑う。もう死に果てた。目の前の男も、自分も。それが“奇跡”によってこの世に蘇り、呼びだされ、戦わされている。
戦いは嫌いではなかった。むしろ望むところだ。戦場では誰より先に敵陣へと駆け、力をふるった。返り血は熱く、己の体もまた。叫ぶ、吠える、怒鳴る。どう形容していいのかはわからない。とにかく大ざっぱに言ってしまえば咆哮、と。
けだもののような、人としての理性を捨て去った。決して失った、のではなく自ら捨て去ったときに腹から出る声はひどく心地よかった。 敵からすれば、また味方だとしても震え上がるほどだという戦友もいたが。
その、声で。
打ちすえたはずの目の前の男はだというのにうっすらと笑っている。笑っている、というよりは淡く、微笑というのが青白い顔に浮かぶ表情には正しい名称なのかもしれない。その男は自分の手を取り、青白い頬に添える。
自分も色が白い方だと思っていたが、男のそれはさらに白かった。
死蝋、だ。
うっとりと陶酔し、感じ入ったようにまぶたを閉じていた男は無言のまま手を弾かれ、静かにまぶたを開く。そのいちいちの動作のゆっくりさにいらいらとした。
自分の前から。赤い少女の前から突然姿を消し、すべての者の前から姿を消し、予測もしないところで現われた。褐色の肌を青白く変え、鋼色の瞳を金色に、少女とそろいの赤い外套を、黒く。
そうして襲いかかってきた。まるで―――――のようなありさまで自分の名を呼び、二対の剣でめちゃくちゃに斬りかかってきた。もちろん応戦したが訳がわからず、何故だと問うてもまともな返事は返らず、愛しているだと、たった一度も言いもしなかったことを。
それは、自分がいつか言おうと思っていたのに。
この手に取り戻したときに。皮肉屋で他人を拒む男に、何度でも言ってわからせようと、思っていたというのにだ。それが、それを。
変わり果てた様であっけなく。
魔槍を下ろした自分に、男は不思議そうな顔をした。名前を呼ばれても無視をした。男は首をかしげると、剣を消して歩み寄ってきて。
外套の裾をさばくと自分の目の前に跪いたのだった。
“奇跡”というのは皮肉だ。
“運命”というのがむごたらしくあるように。
ある種の奇跡によって再び出会った男はしかし、根本から変わり果てていた。
「―――――」
頬に触れていたその感触が今もまだてのひらに残っている。本能的に手を動かすきっかけとなった、どくん、という脈動。
こんなものはなかった。あの褐色の肌には。
隅々まで暴いてみたことなどない。けれど遠く、どこか。いつも遠くを見ているような横顔には植物の根のような、血脈のような、呪、のような。
そんなものはなかった。
どくん、と第二の心臓ででもあるかのように脈動した赤い紋様。
手を弾かれ、無言のまま自分に睨みつけられているというのに、男は淡く微笑んだままでいる。
「ランサー」
男が、何度も繰り返した名を呼んだ。
この世で与えられた仮初めの役割としての名。だが、確かにそれは自分の名だ。
「言ってくれ、その口で。私を愛している、と」
低い声が。
誰にも屈することなどなかった声が、乞う。安っぽいありふれた求める言葉をやけに赤い、血のように赤い唇が吐く。
しばらく沈黙が落ちる。
は、と、吐き捨てて、その顔に叩きつけるように言ってやった。
「それで? もし言ってやったらてめえは満足してオレに殺されてでもくれる、と」
いかにも言いそうだった。君の愛があれば私は満足して。君の手にかかって死ねるのなら、私は。
「まっぴらごめんだ、まがいもの」
瞬時に魔槍を呼びだして喉元に突きつける。皮膚は既に裂いて、肉にわずかに先端が食いこんでいる。絶対的に殺せる心臓ではなく喉を狙ったのは、もうこれ以上何も口にするなという意識の表れだったのかもしれない。
男は自分の言葉と突きつけられた武器に数秒きょとん、として、

「……何を?」

不思議そうに、微笑むのではなくて、正しく。
正しく、笑ってみせた。
「そう口にしたならば。君の口からそう言葉となって発せられたのならそれは力となって形を成すだろう。きっと完成するよ、私たちの運命はその時点で完成する。私は必ず君を手に入れる。だってそうだろう、君が口にしたのだから。愛していると、私を愛していると、他の誰でもない君自身が口にしたのだから。ならば他の誰がそれを覆せる? 神とて―――――世界とて出来んことさランサー。なあ愛している。愛しているよ、ランサー。さあ早く、その口で言ってくれないか。愛していると、私を。そうして…………」
完成させよう、と男は言った。
それが、それだけが真実だと正しく信じている。真っ直ぐな狂人のまなざしで。
自分は。
笑った、のだと思う。
運命というものは、どうしてこう。
運命というものはどうしてこう―――――!
魔槍を握りしめた指に力が入る。震える、ただし恐れなどではなく、ただただ笑いによって。
あのときと、あのときと。運命というものはむごたらしく無邪気に訪れて、また今回もこうしてやってきた。やってきて、乱してみせる。ぐちゃぐちゃに乱して、笑って、目前で、手に入らないのだと壊れた結果を突きつける。
ぐい、と槍の穂先が喉の肉を抉る。
男は金色の瞳でなおもきょとん、と自分を見る。その唇が不釣合いに開いた。
白い髪と。
舌と、歯と口の中は以前と同じ色のままなのだと思い、伝う血の色も見て、これも同じだ、と思った。
だがそんなことはどうだっていい。
ひやりと魔槍を握る手首に当てられた剣の刃先。一瞬後に自分の手首を寸断することも男は厭わない。愛していると言いながら……いや、言うからこそ、君の体の一部が手に入ったなどと言って悦に入るのかもしれない。
「言ってくれ」
男が乞う。
未練なんてものは当にない。金色のまなざしが夢を見るようにとろけて、

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