scene:20
その場所へは、螺旋階段かゴンドラでしか辿りつけない。薔薇の刻印を持つ者だけを招き入れる決闘場。
“デュエリスト”―――――決闘者たちが剣を交えるそこへ今日もまた影が踊る。
ごごん、と鈍い音を立ててゴンドラは動きを止めた。ショックで少し上下に揺れていたがやがて静まる。余韻を残す暇もなく左右に分かたれ開いた間からふたりの少女たちが出てきた。
長く青い髪を下ろした赤い瞳の少女。肌は透けるように白く、舞台衣装じみた服を纏ってすらりとした足を惜しげもなくさらしている。
その横には褐色の肌の少女。丸く大きな眼鏡の奥の瞳は鋼色。白い髪に冠をのせ、血の色のように真っ赤なドレス姿で付き従う。
「よしアーチャー。今日もさっさと片づけちまおうか」
「……はい。ランサー様」
ランサーと呼ばれた少女は振り向くと一瞬、きょとんと目を丸くしてからすぐに笑って、
「だから、それはやめろって言っただろ。オレたちの仲だ、呼び捨てでいい」
「ですが、私は薔薇の花嫁ですから」
「聞かねえなあおまえも」
物静かにアーチャー……薔薇の花嫁と自称した少女はうつむく。鋼色の瞳が閉じられる間際にランサーの胸元に挿された薔薇を眺めた。
ランサーが美貌に似合わぬはすっぱさで肩をすくめる。瞳を閉じたまま歩み寄ってきたアーチャーの肩を抱きやさしげにその体を斜めにかたむけた。赤いドレスの豊かな胸元へ近づけられる手。
「そんじゃまあ、いっちょやりますかねえ―――――!」
威勢のいい声と共にまばゆい光が辺り一面を染めた。白く視界を焼く。
その光を反射して表を輝かせる鈍く丸い眼鏡のレンズ。
世界を、革命する力を。
発せられた言葉はアーチャーの胸元から一本の剣を生みだす。握り手を掴みゆっくりと抜いていくランサーの腕に抱かれたアーチャーの表情は整った人形のように。
持ちあわせる価値からあらゆる人々によって争われる存在、それがアーチャーという名の薔薇の花嫁だった。
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「アーチャー、あなたは、わたしが」
金色の髪を結い上げた小柄な少女の背後で嗤う、彼女にうりふたつな少女。違いと言えば瞳。碧色と金色、そして浮かべる表情。
「あなたは、わたしが守る……!」
碧色の瞳をした少女の後ろから金色の瞳をした少女がゆっくりと手を伸ばし、
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「おまえは僕のものだ、アーチャー。僕の元へ帰ってこい!」
「私は薔薇の花嫁。ランサー様の物です、ワカメさん」
「あんたも大概しつこいな、ワカメの兄ちゃんよ」
「ふたりしてワカメって言うな!!」
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「嘘だろアーチャー! 本当のことを言えよ! 薔薇の花嫁なんて嫌だって、……友達を作るって、オレに話してくれたじゃねえか……!」
よろめくランサーの傍にアーチャーの姿はなく、彼女は涼しげな顔で他の誰かの横に立っている。血を吐くような切ない叫びも届かない。別れを言うようにと告げられ、それに寄り添いそっと笑うと、
「ごきげんよう、ランサーさん」
愕然と目を見開いたランサーから興味を失った。
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「―――――なあ、アーチャー」
「はい」
「オレ、昔王子様に会ったんだ。おまえと……エミヤにそっくりな」
幼いランサーが見た“王子様”。白い髪に褐色の肌で、残酷な目前の光景に悔しさと悲哀を覚え涙する幼いランサーに笑いかけた。そうして膝をつき、ランサーの指へ、そっと。
ランサーは己の指に嵌められた指輪を見やる。
……薔薇の刻印の指輪。
無数の剣に刺し貫かれた少女、ぶらぶらと力なく訴える足。
君が大きくなってもその気高さを失わなければと“王子様”は。
アーチャーは黙ってランサーを見つめていた。普段と変わらない面差しで。
だが、その心中は―――――。
かつてひとりの少女がいた。
少女は人々の願いを叶えるために傷つき続けた“王子様”を封印した。しかし封印の代償により、少女の身は救われるはずだった人々の手で無数の剣で貫かれ、以後延々と連鎖する憎しみからなる“百万本の剣”に苛まれることとなる。
王子様の名は、エミヤといった。純粋な思いから自らを投げ打って人々を救い続けてきたエミヤは、けれど。
後に理想に囚われ妄執の末変わり果てた過去“王子様”だった男と、彼が言葉、目的、それから指輪を与えた少女と、剣に貫かれ続ける少女がそれぞれの運命、さだめに決着をつけるのだが。
まだそれは近くて遠い未来の話。
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