scene:21 
「こっづっくっりっしまっしょっ♪」
―――――何か来た。
青い槍兵は遠い目をすると一旦手を止めたがすぐに作業を再開しだした。忙しいのである。お仕事中に黒い人にかまっていられない。お給料を貰っている以上は、きちんと働かなければ。
わさわさと花束を作っていき輪ゴムでまとめつつ、
「今仕事中だ。てめえに裂く時間はねえ」
「ランサー……」
「あ?」
「その何とも微妙なエプロン姿が……すごく…………あぁっ」
「店先で変な声上げんな営業妨害だ!」
ツッこんでしまってからはっとする。視線が痛い。すごく痛い。これは絶対に物理的な力を持っている。ものすごく痛い。
でもって心はそれ以上に痛かった。
かまわなければよかったのに!放置しておけばよかったのに!たとえエプロン姿に欲情されつくしてたとしても!
だけどまあ、一度関わってしまうと放置出来ないわけで……。放置すればいいのだが、出来ないのが青い槍兵だ。
あーうーと呻きつつ後頭部を掻き、商店街でしっかり全身武装姿の黒いのを見る。ものすごい違和感だがたぶん、服装のせいじゃない。問題は服装の問題ではない、既に。
店長が出ていてくれて唯一そこだけは助かった。クビにならなくて済む。など幾分マイナスの方向にポジティブに考えながら青い槍兵はぼやくように、
「あのよ。……まあ言いてえことは山ほどあるがとりあえずだ。子作りとか無理だから」
「何故?」
こっちが何故?だ。しおれた前髪と気力をそのままで搾りだす。
「……サーヴァントがってのと、あと男同士でそもそもガキなんざ」
「可能だが?」
「うぅっそ!?」
「愛の力があれば何だってた易いだろう? 死した身が何だ、性別が何だ。ランサー、君への愛さえあればこの身に子を成すくらいなんでもない」
「……剣製が得意技だってのは知ってたが」
まさか子供さえ自由自在にトレースオン、投影開始でおちゃのこさいさいだとは思っていなかった。というか誰が思うか。え?というかまさか固有結界で無限に子作りとか言いださないだろうな、そんなこと言われたらもうどうしていいのかわからない。いや、もはやどうしていいのかわからないがさらにわからなくなる。
と、青い槍兵は大混乱なのに黒いのは普通の顔をしているから本当にどうしたらいいのか。
「ランサー。君を慕っている、一生尽くしていく。さらに君好みになれるよう磨きをかけていくからさあ! 今ここで私を抱いてくれ!」
「店先で!?」
「この花らに倣って私たちも雄しべと雌しべを」
「いやねえから! 雌しべとかそんな上手いこと表現してもありえねえから!」
「受粉してみせる!」
「なにそれ!?」
もうそんな感想しか出てこなかった。頭を一切使わない反応だった。黒いのが道路にへたりこんだ青い槍兵にのしかかってくる。やけに白い指先が、曰く微妙のエプロンをまくり上げた。
ひえ、と情けない声が漏れる。ずり下がった腰が花を入れた金属の筒にぶつかって倒しかけるがそれどころではない。
貞操の危機だ。
「―――――十月十日など必要ない。すぐにでも、そうだな明日にでも宿して産んでみせるから安心してくれ!」
「何を安心すればいいのかわかんねえよ!」
「君たちと私たち、黒化した者は設定上敵対関係にあるが……これをもって和平の証としよう?」
「設定上とか言うな! 大体だな、設定のこと言いだしたらまずてめえの存在からして」
「さあ、今日も明日も明後日も明々後日もとめどなく交わろう、たったひとつのこの操……慎んで君に捧げようランサー!」
「慎むという言葉に謝りやがれ―――――!!」
心からの絶叫だった。だけどからっとスルーされ、危うい場所に手が伸びる。青ざめ顔を引きつらせるその上で頬を染めて微笑んだ黒いのの、背後に。


「天誅!」


短く言いきる声が聞こえたかと思うと青い槍兵は衝撃に巻きこまれる。竜巻に放りこまれたかのようにぐるぐると何回転もして店内まで吹っ飛ばされ柱に頭をぶつけて止まった。ちょっとした絶叫マシーン並みである。
だけどちっとも爽快でも何でもない。
わけがわからず視界に散る星を払いのけて上半身を起こした青い槍兵はそこにあったものを見て思わず嬉々とした声を上げていた。
「アーチャー!」
救いの天使が来た。日々いろいろと荒んだ心を癒してくれる赤い弓兵だ。
喜色満面といった顔でその姿を見た青い槍兵だったが、彼の表情と握られたこぶし、手にされたものを見て再び青くなる。
いや元から青いのだが。
「ランサー、このような場で白昼堂々から一体何をしているのかね? 君は?」
大根だ。
真ん中からぽっきりと折れている瑞々しい大根。……察するに、自分はこれで殴られたのだろうか、と青い槍兵は予想した。あんまりだ。仮にも英霊、英雄が大根で殴る殴られるのって……。
「しかも、よりによってそのような輩と!」
ざ、と摩擦熱でアスファルトを焦がし煙を上げつつ赤い弓兵が踏みこんでくる。そのような?
そのような。
そのようなとは。
…………、。
「待て! これは違う!」
「問答無用! 何が違うのだね、れっきとした現場的証拠があるだろうが今まさにここに! べ、別に私は君がどうこうしようが気になどせんが冬木の風紀的に許せな……」
「力いっぱい気にしているだろうツンデレ」
「だからツンデレと言うな!!」
「これ以上刺激すんな馬鹿野郎!」
青い槍兵の上に乗った―――――というより絡みあった状態でしれっと黒いのが毎度の空気を読まない発言をする。
当然赤い弓兵のスーパーツンデレタイムが始まった。
「私は気にしていない! あくまで、あくまでだな、この街の平穏平和そして恒久的な私の心の平穏のため恥知らずな有害物はまとめて間引いておこうという、ただそれだけで、」
「おいこれと一緒にすんな! 命令されなくても自害したくなるだろうが!」
「すればいいだろう!?」
「逆ギレ!?」
介錯してやる!と真っ赤になりながら折れた大根を振りかざして言われて青い槍兵は軽く絶望した。さすがに大根で首落としてやる宣言されたのは初めてだった。生前にも覚えはないし聖杯戦争のときもそれから今回にもない。
互いに青く赤くなってヒートアップする青い槍兵と赤い弓兵の耳にじじじ、と。
マイペースに黒いのがジッパーを下ろす音が響いて、青味と赤味がいっそう強くなった。
「YES/NOの選択肢すらオレにはねえのかよ!?」
「よし、それが遺言だな!!」


テンパると人間まともに思考など働かない。
それはサーヴァントも同じ。カ、とまばゆい光が炸裂し、その日一軒の花屋が商店街から消えた。
大根によって。

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