scene:23
「なあ」
朝食時。
ぽつり、と士郎が漏らしたひとことに女性陣の目が一斉に集まる。否セイバーだけはむはむこくこくしていた。お約束である。
「近々朝飯を和食から洋食に変えたいんだけど」
静かながら確固たる決意を秘めた声にそれぞれが異なる反応を返した。凛は何よ突然、と眉を上げ、桜は戸惑い、ライダーは無言で味噌汁をすすって大河は周囲を見回す。えーなにこういうの十人十色っていうのねおもしろーい。呑気な声にしかし士郎は表情をゆるませない。
過剰な反応を見せたのはセイバーだった。
物凄い勢いで目の前の膳を平らげ箸を叩きつけるように置いて叫ぶ。必死だった。もしかしてバーサーカーに士郎がぶったぎられたときより必死なんじゃないか―――――いや―――――そんなことは―――――そんなことは、ないんだから……!
「何故ですシロウ! 一粒一粒が立った白米、塩加減の絶妙な焼き鮭、日替わりで具が楽しめる味噌汁、目を癒す青菜、箸休めに最適な漬け物! 和食は素晴らしい! なのにあなたは何故……それをわざわざ捨てようとするのです! ああ、ええと言い忘れていましたが、焼き魚は鮭だけではなく鯛なども好ましい! 味噌漬けの鯛など見るだけで心躍ります! アヴァロンです! まさしくアヴァロン級なのです! だというのにシロウ、あなたは何故」
「セイバー」
彼女の隣に座ったライダーが漬け物を一切れ箸で摘むと、その大きく開いた口に放りこんだ。とたんに閉じる口。
捕らえた獲物は逃さない。
「士郎、一体何故? 理由なくそのような提案をするあなたではないでしょう。どうしたというのですか?」
朝から無駄に艶めいた声でたずねるライダーに、士郎は視線を逸らした。何も魔眼が怖いわけではない、ライダーは眼鏡をかけている。と、すると視線の先に答えがあるのだ。
セイバーを除く全員がそちらへと視線を向けた。
「ランサー、君はまた米粒をつけて……何度注意しても直らんのだな」
「ん」
「まったく」
アーソウイウコトデスカー。
セイバーに負けず健啖家っぷりを見せるランサーの頬についた米粒。それを指摘したアーチャーはごく自然に指先で取ってそのまま口へ。
どこの男夫婦ですかという光景だ。
「ああ、ほら。またつけている。これでは外でどんな醜態をさらしているか知れたものではない」
今がまさにその醜態だ。
思ったのは誰だろう。
なにこの恥ずかしいふたり?と凛はつぶやいて盛大に眉間に皺を寄せた。
「ただれきった関係のくせに下手にベタね。昭和か平成かどっちかにしなさいって感じだわ」
「姉さん、それってどういう……あ、わかりました、なんとなくですけど」
「この場合もただれていると思いますが。ある意味」
ライダーがまた無駄に艶めいた声でつぶやき、髪をさらりと後ろへ流す。美容院に行ってきたばかりのそれは無駄に艶めいてキューティクル。
「初々しくただれてるか、末期にただれてるかが問題じゃない……そもそもただれてる時点で駄目なんだ!」
士郎がばん、とちゃぶ台を叩いた。しかも朝から!と追加で叫ぶ。
「なら夜ならいいの?」
「なんてこと聞くのさ!?」
さすがあかいあくまは言うことが違うぜ。
女の子の方が下ネタに強いっていうのは本当だったのか……!?と士郎は懊悩する。口には出さずに。
当然だ。こんなこと口にしたら即刻ただちに殴っ血KILL宣言だ。よし、ならば死ね。という感じに笑顔で葬り去られること間違いない。清々しく。
「とにかく! 俺はこの家のなんていうかな、朝食の雰囲気を大事にしたいんだ! こう、なんていうか……無意識にだいなしにされたくない!」
力の限りの言葉に女性陣の視線が男夫婦に向く。まったく君はなどと言いつつアーチャーがランサーの口元を拭いていた。きゅっと女性陣の視線が元に戻る。
「甲斐甲斐しい、甲斐甲斐しいですアーチャーさん!」
「もうこれでいいんじゃない? なんか幸せそうだし」
「投げましたねリン」
「投げないで! 投げないで遠坂! 俺の話を聞いてくれ!」
「嫌よ面倒くさい」
「面倒くさい!?」
ちゃかちゃかと自分の分の朝食を片づけ、湯呑みに注がれた緑茶を味わいつつ凛は言う。達観した風にだ。
「それにね、士郎。どうせ洋食に変えたって無駄よ」
「な……なんでさ! やってみないとわからな」
「“ああ君ジャムが口元についているぞ、ほらまったく”」
士郎が凍りついた。
「……なあんて、目の前でぺろっと舐められたりなんかしたらあんたにとって今以上のダメージじゃない? わかる?」
「そりゃあもう投影なんて使えますから想像力だけは豊かですよバッチリ想像してやるせない気分まで味わってきましたよこのあくま!」
ついでに道場まで垣間見てきました!と吠える士郎を凛は華麗に受け流した。あくま呼ばわりについては特に問題ないらしい。
さすが。
「じゃあ……その、とりあえず現状維持で……その、頑張って、くださいね?」
何を。
とは言わずに桜はうなだれる士郎の肩を叩いた。ごちそうさまー、と凛の声がそれにかぶる。
凛が席を立った後の食卓では今度は焼き魚の骨を取り、身をほぐしてランサーの口に入れてやるアーチャーの姿とそれを食い入るように見つめるセイバーの口にライダーが漬け物を入れてやる二大サーヴァント餌付け大戦的な光景が繰り広げられた。
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