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「エミヤシロウはふたりいたんだ」
唐突な声に槍兵は顔を上げた。日頃そうは見せない表情で笑っている本人にとりあえずたずねる。
「まさか坊主とおまえでふたり、そういう勘定じゃねえだろ」
「あれもエミヤシロウだがね、それとはまた違うよ」
「……ならどういうことだ」
「うん。エミヤシロウは我ながら可哀相な男でね。自業自得だが正義の味方を目指し色々なことをして、最後には―――――」
ぼやかされた続きは知っている。端的に聞いた、目の前の当人から。だが何故またそれを蒸し返す。
言いたくなければ言わなくていいと言い、それは受け入れられたはずなのに。
「エミヤシロウは日々戦場を駆けずり回り様々なものを見た。ほとんどが悲惨で見るに耐えないものばかりだったけれど、時に驚くほど美しいものもあったよ。まわりは敵ばかりだったが優しい人もいた。だが」
くす、とこぼして口元に手を当てる。
「どれも、なにもかも等しく目の前で壊れた」
無言で穏やかな笑顔を見つめる。だから、と薄く鋼色の瞳が遠くを見て。
「仕方なかったんだ。誰も悪くない。エミヤシロウの運命はそういうものだったんだ」
「…………」
「やがてエミヤシロウは自分の中にもうひとり自分を作った。……違うか。もうひとりが自分からエミヤシロウの中で生まれたのか」
「そんなことはどっちだっていい」
「それもそうだな」
また、くすくすと笑う。
「エミヤシロウはエミヤシロウを守ろうとした。襲い来る敵から。そして優しいものから」
「…………」
「優しいものは恐ろしいから。敵は殺せばいいけれど、優しいものは手にかけられない。なのに守りきれなくて壊れてしまう」
いっそ無差別に手にかけられたなら楽だったのだろうよ、とつぶやいた口調だけが日頃の片鱗を覗かせてすぐに消えた。
ふたりいる、同じ。
「毎日敵を殺しては傍らで優しいものが壊れるたびエミヤシロウはエミヤシロウの元へと逃げた。そしてエミヤシロウはエミヤシロウをひとしきりあやして、その代わりをするために表に出ていく」
槍兵は無言で目の前にいるものを見る。睨むような目つきだったが決して憎悪も嫌悪も抱かなかった。
ただ思う。ずっと繰り返してきたのかと。生前も、世界とやらに繋がれてからも、たった今、この瞬間でさえ。
失うことを。大事なものを得てしまった瞬間もっとも怖れ、思考することを放棄したくなる結末を思い描いてしまったとき、これはこうして出てくるのかと本人でさえ知らないだろうことを思った。
皮肉さなどかけらも見せずきれいに目の前で微笑む様を見る。なめらかに唇が動いて、低い声が滑り落ちた。
「エミヤシロウはふたりいた。そして今もふたりいる。……初めまして、ずっと君を見ていたよ」
数ヶ月を共に過ごした相手から受けたはじめましてという挨拶。あくまでも穏やかな微笑みと差しだされた手を、槍兵は無言で見つめていた。
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