「ウェイバー、クッキーを焼いてみたんだが」


後ろから低い声で呼ばれて、ウェイバー・ベルベット19歳は椅子に座ったまま首だけで振り返った。するとそこには見慣れた義母の姿。父であるところの征服王イスカンダルのところへ何を血迷ったか嫁に入ってきた、英霊エミヤがそこにいた。
いつもの真っ赤なエプロン、胸元にはヒヨコのプリント付きのソレで。
「……僕、もう子供じゃないんだけどな」
「何を言う。子供じゃなくとも菓子は食うものだぞ? 君の父君を見てみろ」
「あれを見習えってのは無理だから」
それじゃあ、いらないのか?
そんな風に表情を作って首を傾げられればウェイバーに成すすべはない。エミヤからまだ焼き立てであろうほかほかのクッキーが乗った皿を受け取って、……食べるよ、とあくまで小声でぼそりと返した。
すると母は嬉しそうにしてみせるのがわかっていたので、ウェイバーもつられて笑ってしまう。それに笑い返してみせながらも、きっと母は何故ウェイバーが笑ってしまったのかわかっていない。
この義母、ある一面ではひどく聡くある一面ではひどく鈍いのだ。
「ホットミルクも淹れたぞ。温かいうちに呑むといい」
「ホットミルクって……せめて紅茶とかさ」
「…………」
「呑みます。呑みますから」
冷めるんでしょ、とあくまでツンデレぶってMYマグカップを受け取るウェイバーなのだった。
ちなみに中に砂糖はひとさじ。ウェイバーが何も言わずとも、わかっているのが母なのだ。
「ところで、今夜は夕飯に何を食べたい?」
「んー、鶏……は個人的にパスかな。魚介類が食べたい」
「では、シーフードボンゴレを中心としたイタリアン料理にしようか」
「ん、それでいいよ」
どうせ何でも美味しいんだからさ、そんな言葉を喉の奥に飲み込みホットミルクで流し込む。
いまいち母に素直になれないウェイバーだが、お年頃的に仕方のないことと言えた。
ではそのように、と母が言い終えた後、ドスドスドスと床を踏み抜くのではないかという足音と共に、誰かの気配がリビングに近づいてくるのがウェイバーにも察知できた。
というか、この時間、ここに来るのは“彼”しかいないのであって。
「おう、帰ったぞ我が妻! そして息子よ!」
大柄な体躯にコートを着込み、さらに着膨れて大きくなった征服王イスカンダルがそこにいた。
彼は年に似合わずまるで少年のような(ウェイバーよりよっぽど素直に彼は笑う)笑顔でリビングにのしのしと入ってきて、まずは妻のエミヤにキス。ただし頬に。
そして、次はおまえだと言わんばかりにウェイバーに手を伸ばしてきた。
「ちょっ! やめろよ、今もの食べて……危ない! こら! やめろってばぁ!」
「なになに照れることはない、家族のスキンシップというのは大事なものなのだぞ?」
「おまえのはスキンシップってレベルじゃないじゃないか!」
「こら、ウェイバー」
父君におまえ呼ばわりはないだろうと言う母の主張はだがしかしどこかズレている。今、指摘すべきはそこではないのだというに。
わはは、と豪快に笑ってみせて結局ウェイバーの髪をぐしゃぐしゃにかき乱した父は手にしていた鞄を母に手渡し、ウェイバーが食べているクッキーに目敏く食いつく。
「――――なあ、エミヤよ……」
「大丈夫だイスカンダル、君の分はちゃんと別に取ってあるよ」
「おお、そうかそうか! やはりおまえは良く出来た妻よ!」
どこに出しても恥ずかしくない我が妻だ、と言い切ってみせて、父と母は年頃の息子の前でいちゃいちゃといちゃついてみせる。
それがあんまりにも赤裸々なので、ちょっと前までウェイバーは周囲の家庭もこんなものだろうと思っていたのだ。それをついうっかり友達の龍之介に言いそうになってしまって直前でそうではないのだと気付き、内心冷や汗ものだったことはある意味ちょっとしたウェイバーのトラウマである。
「どうでもいいから早くその暑苦しいコート脱いで自分の席座れよ。そんなにはしゃがれちゃ僕も落ち着かないじゃないか」
「なんだ、息子よ。おまえも結局この父とのスキンシップを求め」
「てない。ただ落ち着けって言ってるんだ僕は!」
甲高くウェイバーが叫び、父がからからと笑って母はまあまあと仲裁に入る。


それがベルベット家の日常であり、通常運転なのだった。


〜夜の生活編に続く?〜


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