エミヤが玄関の気配に気付いたのは、ちょうど最後の大皿を洗い終えての頃だった。
濡れた手を拭いてぱたぱたと向かってみればそこには息子、ウェイバー・ベルベットの姿。それから――――。
「どうしたウェイバー。君が誰かを連れてくるとは珍しい」
「あ、ただいま。……こいつ、僕の友達でさ。ほら、」
「…………」
「?」
「?」
親子が不思議そうに顔を見合わせる中、ウェイバーの隣に立った青年はぽかんとした顔でエミヤを見……そして、ふと我に返ったというかのように目を見開いて口をも開く。
「えと、雨生龍之介。職業フリーター。動物の解剖とか好きです。最近は基本に戻って蛙とかに凝ってます」
また、エキセントリックな。
そんな顔をして目をぱちくりさせて龍之介を見るエミヤにウェイバーがフォローを入れるように、
「いや、確かに変な奴なんだけどさ、こいつ。……なーんか、気が合っちゃって」
それにしても、と彼は。
「それにしても龍之介。おまえ、もっといつもはハイテンションで喋るじゃないか。それが今日はどうしたんだ?」
「あ……え、っと」
別に何でも、というように手をひらひらと振って笑ってみせる龍之介。だが明らかに様子がおかしかった。笑顔もぎこちないというのか。ウェイバーが言うように本当はもっと無邪気に笑うのだろう。初対面のエミヤにそう思わせるほど彼の様子はおかしかった。
けれど、次は自分の番だというばかりのようにエミヤは手を胸元に当てて龍之介に向け微笑むと。
「ウェイバーの母のエミヤだ。どうかウェイバーと仲良くしてやってくれ。いい子なんだが気難しくてな。なかなか、親友というものが作れない子なんだ」
でも、いい子なんだよ。
しきりに“いい子”アピールを繰り返す母にウェイバーはかすかに赤くなり「いいだろ、そんなこと今言わなくても」などと言っている。
それに「だっていい子じゃないか、君は」と悪びれもせずにエミヤは言って。
「さあ、上がっていってくれ……ええと……龍之介くん? まさかここまで来て帰ってしまうということはないだろう?」
「…………!」
目を丸く丸く丸くした龍之介は玄関先でエミヤを見上げ。
「……お邪魔、しまっす」
と、言って軽く会釈をしてみせたのだった。


「ほほう、我が息子に友達が! とうとうそんな時期が来たか……」
「僕にまるで友達がいなかったみたいな言い方やめてくれよ。ちゃんといただろ、……長続きしなかっただけで」
「君は気難しい子だからな」
「龍之介の前でも言っただろ、それ!」
恥ずかしいからやめてくれよ、とウェイバーが言えば何故?と返すエミヤ。
夕食の席、家族三人は仲睦まじくエミヤが作った夕食を囲んで団欒していた。和気藹々とまでは行かないが、ウェイバーもそっと笑みを浮かべて照れくさそうに魚の干物をほぐして口に運んだりしている。
それが嬉しいのか顔を見合わせて両親は笑い、息子に「……何だよ」などとむっつり言われる。それに「いいや?」などと生温い返答をもらってしまった息子はまた余計に顔までをむっつりとしてしまうのだった。
「それにしても残念だったなウェイバー。龍之介くんが早めに帰ってしまって」
「仕方ないだろ、用事があるって言うんだから。あいつ、意外と忙しそうな奴なんだよ」
夜とかも何だかんだで出歩いてるみたいだし。
実はエミヤ、愛する夫であるイスカンダルにも息子の友達を紹介したくて龍之介に夕飯を一緒にしてはくれないか、と誘ってみたのだが断わられてしまったのだ。
『あー……その、いや、今日は用事、あるっていうか』
気まずそうに言う龍之介のことを思い返してエミヤは漬物を向かいのイスカンダルに勧めながら、
「私は余計なことを言ってしまっただろうか」
「そんなことはないけどさ、」
思わず言ってしまった、という顔でウェイバーは発言したあとではっとして、けれど発言は取り消さずにもそもそと白米を噛みしめつつ母に向けてのフォローをする。
「ほら、話したときわかったかと思うけどあいつもなかなか変わった奴だろ。だから、友達少ないんだよ」
「おまえと同じか?」
「だから僕の話はいいって言ってるだろ!」
ちょっぴり無神経な発言をした父親に食ってかかる息子をなだめて、エミヤは空になったイスカンダルの茶碗にてんこ盛りにおかわりをよそう。
「そうだな、少し変わっていた。けれど素直そうないい子じゃないか」
君と同じでな?
にっこりと微笑まれ、うぐっと言葉を飲み込むウェイバー。その顔は別に暑くもないというのに赤い。何だよ、とか卑怯だろそれ、とか、何かをぶつぶつ言っている。
実はかなりのマザコンであることが発覚してしまったウェイバー・ベルベット19歳なのだった。
「……あいつ、今頃何してんだろ」
しかし龍之介のことも気になって、箸の先を口にくわえつつウェイバーが言っていたとき――――。


「ただいまぁ……」
「おや、おかえりなさいリュウノスケ。今日は早かったですね」
龍之介がふらふらと入っていったのはとあるマンションの一室。どこにでもあるような部屋割り、だが内装は磨がれたメスに何かの薬瓶、ホルマリン漬けに浮かぶ何かの目玉や内臓といったエキセントリックすぎるその部屋で、両目がぎょろっとしたローブをまとった背高の男が龍之介を迎えた。
「顔色が優れないようですが。どうしました? どこか体調でも?」
「…………」
「リュウノスケ?」
下を向いてしばらく押し黙っていた龍之介。その胸をぎゅっと己の指で掴んで、心臓を抉りだせるなら出してしまいたい、というような彼の仕草に男がまた不思議そうにリュウノスケ、と彼を呼ばわろうとしたそのときだ。


「旦那ァ……なんか俺……恋……しちゃったみたいなんだ……」


衝撃的な告白を、龍之介がしたのは。


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