「ただい……ま?」
横着して踵に指を突っ込みながら靴を脱ごうとしていたウェイバーは、玄関先に不審なものを見つけて首を捻った。
玄関先にあるのはエミヤの靴。それともう一つ、同じくらいのサイズのものが一つ。それはおかしい。変だ。
だって、エミヤの夫でありウェイバーの父であるイスカンダルの靴は、エミヤのものと比べて段違いに大きいから。だから、おかしい。
「…………?」
とりあえずは靴を脱いでそろえて、リビングへと向かう。するとそこには。
「ああ、おかえりウェイバー。大事はなかったか?」
「あっ……おかえりなさい……」
――――誰?
そこには、いつも通りの母エミヤとぺこりと頭を下げる見知らぬ青年の姿があったのだった。


「紹介しよう。私の息子、ウェイバーだ。そしてこちらが……」
「はじめまして、ディルムッド・オディナと申します。母君にはお世話になりまして……」
美貌の青年ディルムッドはしきりに恐縮して、エミヤに「固くなることはないぞ」と言われている。明らかに年上であるディルムッドにそんな風に振る舞われて居心地が悪くなくもなかったウェイバーだったが、何故だか顔がむっつりとしてしまう。
なんていうか、その、気分が良くない。
「……その、どういう関係?」
その言葉にふたりは顔を見合わせ。
「……そうだな、まずは私たちの出会いから話しておこうか。ウェイバー、そこに座りなさい」


まず、エミヤとディルムッドが出会ったのはとあるスーパーのタイムセールの時だったそうだ。かなりの規模であるスーパーで、当然に賑わうそこでタイムセールの品を手に入れるのは至難の技。しかしエミヤは慣れたもの、望みの品をしっかりとゲットしていた。だが、彼の鷹の目が見つけたのは。
『……君、』
空っぽになったセール品の棚の前で途方に暮れている、ディルムッドの姿だったという。
『君、その、迷惑でなければ――――』


「それで? セール品を譲っちゃったって?」
「あの時は助かりました。ちょうど生活費にも困っていて……」
「ひとり二つまでだったからな。その一個を譲ったとしても、私たちなら充分遣り繰り出来たから」
迷惑でなければ、助けられればと思って。
そんなことを言うエミヤにディルムッドはやっぱりしきりに恐縮して頭をぺこぺこと下げている。そんな、そんなことありません、と、頬と耳を赤く染めて。その美貌に犬の耳と尻尾がオプションセットされて見えたのはウェイバーの気のせいだろうか?
「それから、エミヤさんには度々お世話になりまして。セール品の情報を教えていただいたり、節約の技を教わったり。本当に、本当にお世話になりました」
ぺこりっ、と頭を下げるディルムッド。その肩を叩いて「大したことではないよ」と笑うエミヤ。
それを見て(……やっぱり面白くない!)と思うウェイバーだった。
「なんか、主婦同士みたいだな」
「そうだな、ある意味そうかもしれない」
違う。絶対に違う。全力で違う。
息子と義母という関係であるが、恋心を抱くウェイバーであるからわかるのだ。ディルムッドはおそらく、いや、きっと、ウェイバーと同じくエミヤに恋心を抱いている。
そうでなければ家にまで上がり込んで紅茶とクッキーを囲んでお喋りに興じるなどするはずがない。しかも目に見えて赤くなって。
この泥棒猫っ、いや、犬?わんこ?
けれど何だか憎むことも出来なくて、ウェイバーはただギリギリと奥歯を噛むことしか出来ない。美味しい紅茶とクッキーを目の前に、安らかな気持ちになどなれようもなく。
ていうか、そもそも旦那がいる身なのに男を家に招くなよこの野郎。
「このクッキー、とても美味しいです。あの、よければ今度作り方など教えて……いえっ、そのっ、変な意味はなくてですねっ!」
「? うん、別に構わないよ。君さえよければ今日でも教えてあげよう」
教えてあげよう?教えてあげよう?何を?色々なことを?人妻のハチミツ授業?
とある友達から無理矢理に押し付けられたR18な本に載っていた類いの映像がぐるぐると脳内を回る、えっちなお姉さんは好きですか?系だ。
いや。落ち着け自分。
「……僕、宿題あるから部屋に行く」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、エミヤとディルムッドがその動きを視線で追う。エミヤはいつも通り、ディルムッドは妙におろおろとしていて。
何か自分がおかしなことをしたのではないか、と罪悪感に満ち満ちたその表情にウェイバーは苛々してしまう。
「そうか、頑張りなさい。部屋に紅茶とクッキーを持っていこうか?」
「ううん、いい。じゃあ、」
去り際にディルムッドにきっと強い視線を投げて、ウェイバーはリビングからドスドスと音を立てて出て行った。まるで彼の父のように。
このことを父が知ったらどう思うかな。
いっそバラしてやろうかと思いつつそれも卑怯かなと、何だか意識が二つに引き裂かれる感を味わってウェイバーは足音も荒く二階への階段を登ったのだった。


back.