ぽう、と薄暗く闇を照らすは間接照明。
ベルベット家の夫婦の寝室、その中心には大きすぎるほどのキングサイズのベッドがひとつ、置かれていた。
その上に乗るは――――当然夫婦であるイスカンダルとエミヤの姿。
だが。
「これは……このサイズしかないのかね? 君がTシャツとして着ているシリーズはXLまで展開しているだろう? それならばこれも……」
妻であるところのエミヤは、パジャマなど着ておらずただ胸の辺りに「アドミラブル大戦略」と書かれたエプロンしか着ていなかった。そんなエミヤを腹の上に乗せたイスカンダルは当然、といった調子で妻の全景を眺め、
「そりゃあ、あるさなあ。だがしかし、余はそれが我が妻に似合うと思ったのでな?」
それと丈がいい、と言うイスカンダルに首をかしげるエミヤ。丈?と本当に不思議そうな声音で言ってみせる。
「見えるか見えないかのギリギリのところが良い。これは何だ……その、“萌え文化”というのであろう?」
「……そんな言葉、どこで覚えてきたのだね?」
疑問に疑問で返すエミヤ。イスカンダルは、んー、と少し考えて。
「取引先の会社に詳しい奴がいてな」
「そういった相手とは縁を切った方がいい」
「ふーむ」
顎に手を当てるイスカンダルに、はあ、とため息をつくエミヤだった。ちなみにその両手は、本当にギリギリの際どいところまでを隠すエプロンの裾を引っ張るために使われている。その手を大きい手が覆い、意外にちまちまとした動作で邪魔をする。
「何をする。それでは大事なところが見えんではないか」
主に太股等、と言ってのける夫にまたため息をつき、エミヤは恥らうべきかこのまま見せてしまうべきか思案する。もう何もかも全てを見せ合った夫婦、今さら恥らってみせるのもまた照れくさいが、エミヤにも羞恥心というものくらいある。
というかエプロンプレイというのが一般的に普通でないことくらい知っていた。
「ほれ、もういいからその手を退けてしまえ。知らぬ間柄ではないだろう」
「あ……っ」
考えている間に大きな手にエミヤの手は覆われていて、あっという間に大事な部分が露わになってしまった。慌てて防御しようとするが力では夫に敵わない。なので結果的にエミヤの下肢はイスカンダルの目に晒されることになったのだ。
「いつ見ても思うが、エミヤの体は美しいな。均整が取れているというのか」
「……褒めても何も出んぞ?」
「? 何を求めているわけでもない」
ただ自分が褒めたかったから褒めただけだと。
大きい男、イスカンダルはそう言ってきょとんとその目を丸くしてみせた。そのまるで熊がしてみせるような仕草にエミヤもきょとんと目を丸くして。
「……くくっ」
思わず笑いをこぼして、いた。
「何だ、突然笑いだして。余は何かおかしなことをしたか?」
「いや、何も。ただちょっと、な」
ちょっと?と追究してきそうになったイスカンダルの唇に指先で触れて、エミヤは軽く吐息を漏らした。そうしてささやく。
「いいから……もう、いいから君の手で……私を愛してくれ」
その誘いに果たして、イスカンダルは乗ってきた。にっかりと笑うと「おう」と言って荒々しくかと思えば実に丁寧にエミヤの下肢へと触れてくる。……丁寧だが遠慮がない、その愛撫にエミヤはつい喉を仰け反らせて声を漏らしてしまう。
「ふ……!」
「ん。少し性急すぎたか?」
「いや、いい……。正直、このままでずっと焦らされるのも辛いからな」
「余が焦らすなどという手段を取ると?」
「そんなことは、微塵も思っていないよ」
そう言われると焦らしたくなるな、とイスカンダルは言って指先でエミヤ自身を撫で上げる。太くて熱い節くれ立った指。それに愛されエミヤはささやかな喘ぎを落とす。
つい、つい、と踊るようにイスカンダルの指先はエミヤ自身をなぞり、その度に彼を鳴かせてさながら楽器のように仕立て上げた。そうして濡れてきた露を愛撫の足しにする。それから勃ち上がってきたのを確認してくつくつと喉を鳴らすと、エプロンの内側へとその手を大胆に差し込んだ。
「ん、く……」
奥に押し当てられる指は確かな質量と熱量を持っている、これが自分の中に入ってくるのだと思えばエミヤは毎度のことながら体を震わせずにはいられない。
それだからイスカンダルの鍛えられた腹筋に手をついて体が崩れてしまわないよう支えるのだけれど、どうしてもふるふると震える腕はエミヤの体重を支えられずにみっともなく伏してしまいそうになる。だがそれを支えてくれるのがイスカンダルの自由な方の腕だった。
彼の腕はとても逞しくて、立派で。
エミヤの体も鍛えられている方だがイスカンダルには敵わない。ついでに言えばイスカンダルから何故ウェイバーのような小柄な少年が生まれたのか(イスカンダルが生んだのではなく、厳密には彼の元妻が、だが)、それが全然わからない。
「――――〜ッ!」
まず、指が一本。指先が押し込まれてそのしっかりとした感覚に息を殺して耐える。ぞくぞくと怖気に似たものが這い上がる背中、その間にも指の本数は増やされようとしている。
性急すぎると罵る気はない。責める気もない。ただ、欲しいだけだ。けれど体がついていかないだけ。勃ち上がったエミヤ自身はとっておきのエプロンの布地を濡らし、染みをそこに作っている。
「っ、あ、」
素足の指先が痙攣を起こす、目を閉じて感じ入るエミヤ。押し込まれた指先は彼の中で動いている、その度にエミヤは甘い声を上げた。
そう長い間とは言わないけれどそれなりに連れ添った夫婦である、お互いの体の具合までもをよく知っていたから。
だから、イスカンダルの愛撫は的確にエミヤを快楽に導いて。
「や、ぁ、」
この「いや」は「焦らしてほしくない」の「いや」で。
それがイスカンダルもわかっていたから、充分慣らしたエミヤの中から己の指を抜きだし自分も下肢の着衣をくつろげる。
「無理はするなよ?」
「してない、してない、から……っ」
はやく。
はやく、してほしい。
その懇願にイスカンダルは苦笑いをしてうなずくと、自身をエミヤの奥にあてがった。そうしてそのまま――――。
「は……、ぁ……!」
一気に奥まで貫かれ、圧倒的な質量と熱量に脳内が焼け爛れそうになる快感をエミヤは味わう。がくがくと体を揺らして感じ入り、鋼の瞳をとろりとさせてエプロンの布地をさらなる露に汚して身悶えた。
「自分で仕込んでおきながら何だが――――」
そんな妻の乱れ様に熱い息を漏らしつつ、イスカンダルは低い声でつぶやく。
「そのいやらしい様は、本当に目の毒だな」
余以外に見せるなよ、と。
冗談めかした本気を彼は吐いて、ひときわ強くエミヤの体を突き上げる。すると声にならない声でエミヤは悶え、生理的にか感情的にか潤んだ瞳から涙をひとすじ流し――――。
「ん、あ、あぁっ――――!!」
次の瞬間、寝室中に響くような声を上げて達していた。
しかし、その内にイスカンダルの精が注ぎ込まれることはなく。
「まだだ。まだ余は満足しておらんぞ? もう一度だエミヤ、余の上で存分に踊るがよい」
「っは、ぁ、……っ」
垂れ下がる舌。
伝う唾液が糸を引いて、褐色の肌の上に落ちて。
解放の余韻に浸るエミヤは、その夜存分に夫の上で快楽に耽ったのだった。


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