ことこと。
ぐつぐつ。
「……ふむ」
小皿におたまで取った煮汁をすくう。
それをふうふうと冷まして、薄い唇へと運んだ。うん。
小さく頷き、にこりと微かにアーチャーは笑った。
今日も満足出来る出来である。
「あ、肉じゃが」
「!」
突然の後ろからの声に、アーチャーの体が跳ね上がる。そのまま小皿をシンクに置くと声がした方へと振り返り。
「い、いきなり背後から声をかけるものではない!」
「えー、なんで」
「いい年をした男が“えー”だとか“なんで”だとか言うものではないっ!」
ぺちん。
「あいて」
白い額に一撃。
それは所謂でこぴんというものであった。
「いいじゃねえかよ、別にオレがどんな言葉でどんなことを言おうがよ。それにしても、美味そうだな」
ぺろり、と声の主――――ランサーは舌舐めずりをして。
「あーん」
「!?」
大きく、アーチャーへと向かって口を開けた。
「な、どういう、こと、だ……?」
「え。わかんねえの?」
「生憎と……」
呆然としてしまったアーチャーへ、仕方ない奴だと言いたげにランサーは言う。
「こういうシーンで、恋人に向かって“あーん”ってしたならそりゃよぉ」
「こ、こ?」
「こーいーびーとー!」
わざとらしく語尾を伸ばしてからにっこりと笑う。たちまちアーチャーの顔は、耳までが真っ赤になってしまった。
「た、たわけ!」
「あいて」
べちん!
先程より幾分か……いや、相当強い音が鳴る。
ランサーは秀麗な眉を寄せて、「何だよ」と愚痴のようなものを零した。二度のでこぴんを食らってしまった白い額は赤くなってしまったが、アーチャーの顔色よりは赤くない。
鋼色の瞳をぐるぐるぐると回して、アーチャーは干将莫耶のように煮汁の付いたおたまをかざす。
何故か、最初は一個あったはずのものが今では二個あった。
「何だよ、恋人だろ、オレ、おまえの」
違うのかよ、とランサーが唇を尖らせれば。
「違……わない。だが、そんなこと……このような場所で、言うことでは、なかろう……」
それっきり。
黙り込んでしまったアーチャーを見て、ランサーは思った。


え。
何、この可愛い生き物。


「ラ、ンサー!?」
「今は」
最速の英霊の称号をフルに活用して、ランサーは素早くアーチャーの懐に潜り込むとその体を抱きしめる。そして、にへり、と笑った。
「今は、その美味そうな料理よりも、おまえが食いてえなあ」
「なっ!?」
ぐるんっ!
鋼色の瞳が、ターボエンジンの勢いで回った。男であるのに乙女回路と言われるものは爆発寸前、きゅるきゅらきゅらら、と喧しく音を立てている。
「……美味そう」
かぷり。
「塩辛え」
赤い、舌が、褐色の、首筋を、なぞって、
「え、ええ、え、」
「すげえ、美味そう」
ごくり、と白い喉が音を立てた。くちゃりと糸を引いて舌が鳴り。
「っと」
シンクに押し付けられた大柄な体。白い手が伸びて、かちんと火の元を止めた。
素直に火は消えて、褐色の喉仏が上下して。
「いただきます」
ホワイトアウト。



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