頬杖をついて、ランサーがじっと見つめていると横顔がぴくりと反応する。
「―――――何かね」
「ああ、いや、別に」
なんでもねえよ、と言うとアーチャーはそうか、とあっけなく返して作業に戻った。
そうか、じゃねえよ、そうか、じゃよ。
ランサーは内心で舌打ちしてもぞもぞと体勢を正す。
アーチャーの手の動きは素早い。針がきらめき、糸が舞う。まるで魔術だ。ルーン魔術、サバイバル能力などに長けたランサーだったが、こういった術は会得していなかったものでつい見惚れてしまった。
「すげえな」
「そうかね」
誉めてるんだからもっとうれしそうにしたらどうだ。
愛想のねえ奴。
せっかく素直に感嘆の声をかけたのに、返ってきたのはそっけない言葉。ランサーはふてくされたようにまた頬杖をつく。
そのあいだにもアーチャーは手を動かしている。さかさかさか、なんて擬音が似合う素早さで。
良妻賢母、とかいう言葉が聖杯からダウンロードされたが意味不明なのですぐさま削除した。わからない。わからない、そんなのは。
わかってたまるか。
それにしても会話がない。いや、アーチャー相手に望めないし望まないが、少しくらいキャッチボールをしたっていいだろう。
たとえば、そうだ……ご趣味は―――――?
……だなんて、寒気がする。
(どこの見合い風景だ)
そういうことは知っている。無駄に。
「終わったぞ」
「は、」
「だから終わったと」
言っているのだよ、と言われてはっと顔を上げた。すると目の前に突きだされたシャツ。
「あ、ああ、すまねえ」
なんでどもる。
自分に自分でツッコミを入れながらランサーはそれを受け取った。と、目を丸くする。
「おい」
「何かね」
「一体なんなんだ、これは?」
「……気に入らなかったと?」
「逆だ」
一気に詰め寄ると、怒涛のごとく賞賛の言葉を浴びせる。ほとんどそれは暴力だった。
「なんだこれはよ、まるで新品じゃねえか! まさかおまえ本当に魔術なんてもんを使ったんじゃねえだろうな? こんなもんに? ああ、勘違いするなよ。別に馬鹿にしてるわけじゃねえんだ。その逆だ。すげえな、おまえ」
アーチャーは目を丸くしてランサーを見つめていた。そのあどけないと言っていいほど無防備な表情に、ランサーは違和感を覚えた。
あれ?
おい。
なんだ、これは。
さらに、ふっと鋼色の瞳がやわらぐ。
信じられないものを見た気持ちでランサーはその光景を見つめていた。
「大げさだな、君は」
笑った。
笑いやがった。
……ぞっとする。まるでおまえ、それじゃあ。
湧き上がるものを無理矢理に押さえこむ。ぐびりと唾を飲みこんだ。
首を思いきり振りたかったけれど、不審に思われるだろうからやめた。ただでさえおかしいと思われているかもしれないのに。
―――――やべえ。
ランサーは眉間に皺を寄せる。アーチャーに気づかれないように。
手の内がじっとりと湿って、熱い。汗をかいているのだと気づいたのは少し経ってからだった。
冗談だと、誰か言え。
鼓動が早いのも気のせいだと、誰か言え。
殺し合いのときのように高鳴っているのも気のせいだと、誰でもいいから。
アーチャー、おまえ以外なら誰でもいい。
「すまねえな、助かった」
「これくらいならたやすいことだ」
「いつでも来いってか? 余裕だな」
笑ってみせる。
立ち上がったランサーをゆっくりと視線だけでアーチャーが追う。
「そうだ」
ふわり、だなんて。
駄目押しのように、アーチャーは笑い返してきた。
「困ったのなら、いつでも来るといい」
馬鹿野郎。
そんな顔するな、そんな声出すな、そんな風に笑うな。
それはその―――――困る。
困るのだ。
原因はアーチャーにあるから、頼ることだって出来ない。
「……そんなことは、ねえだろうけどな」
シャツを肩に担いで、ランサーは部屋を出ようとする。出ようとして、振り返りかけて、やめた。
「じゃあな」
答えはなかった。それを幸いとばかりにランサーはやや早足に部屋を出た。
アーチャーの気配が薄れるまでずかずかと大股に歩く。ふ、とそれが途切れたころになって足が止まった。
柱にどん、とこぶしを叩きつけて、ちくしょうと呻く。
苦々しく舌打ちをした。


「反則だろ、あの野郎」


道を踏み外すことは、意外と簡単なのである。



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