「お姉ちゃんが抱きしめてあげる!」
「…………?」
フライパンを振るっていたアーチャーは、足元からの突然の宣言に無言になってしまった。
とりあえずは火の元を止めて声の聞こえた方に視線を落としてみる。そうすればそこには小さな姉の姿。
彼女はえへんと胸を張って、腰に手を当てている。
「……イリヤ?」
「姉さん!」
でしょう、と即座に言い正す少女に……ねえさん、と言い直してみる。
「よし!」
心のない返事というわけではなかったが、空返事という感じの反射的な返事にそれでも少女は真夏の太陽の下の向日葵のように笑う。
冬の少女。
それなのに、真夏の花のように。
「身を屈めて、アーチャー……シロウ。お姉ちゃんが抱きしめてあげるわ」
「いや、それは……」
「無理だって言うの?」
すると彼女はすかさず、むっとなって唇を尖らせた。愛らしいその様はすこぶるその筋の方々を引き寄せることだろう。――――ではなくて。
「だって」
アーチャーが体躯に似合わず子供のような反論を仕掛けたところで、少女はえへんと胸を張る。
「出来るわ、わたしだって。ほら、シロウ。身を屈めて」
「…………」
「もっと!」
まずは上半身を軽く屈めてみたアーチャーだったが、もっと、との言葉を頂いてさらに身を屈めてみる。
すると、
「ほら、出来た」
「――――」
子猫の体温。
猫嫌いの小さな姉。
まるで首にぶらさがるような、ネックレスかストラップと化すような感じで少女はアーチャーに抱き着く。
それが存外に心地良くて、思わずアーチャーは目を細めた。
遠くに失った体温。
自分にはもう与えられないと思っていた温かさが、すぐ近くにある。


「…………」


その時。
「……ねえさん?」
「はい、今度はシロウの番!」
このままわたしを抱え上げて、と耳元で声がする。
その声に従い、アーチャーはスカートの裾に気を付けて小さな姉を抱え上げた。
「あはは、たかーい!」
すっぽりと腕の中に収まってしまう小ささ。
砂糖菓子のようなその柔らかさに思わず瞠目して、アーチャーは抱き壊してしまわないものかと心配になる。そんなことをしたらきっと自分は果てしなく後悔をするだろうし、自分で自分を許せることは現界している内に必ずなくなるだろう。だから。……だから。
「あれ?」
とん、と台所の床に早々に下ろされて、少女は目をぱちくりとさせた。アーチャーに背中を向けた格好で下ろされたので当然疑問を発するために向きを変える。
「もう終わりなの? シロウ」
「……うん。もう、終わりなんだ」
「…………」
ちょいちょい、と白い指先が遠くから自分の顔を招くので、アーチャーは腰を折って顔だけを近付ける。
「っ」
と、額が弾かれて思わず片目を閉じる。閉じられていない方の瞳で見てみれば、軽くその端正な面持ちに膨れた表情を乗せた小さな姉の姿があって、
「言ったじゃない」


“……よ”


「わたし、言ったわよね、シロウ」


“……きよ”


「なのに、どうして手を離してしまうの」


“……大好きよ”


赤い、鋭い視線。アーチャーは再び瞠目する。少女のまなざし。強い、強い、それは。
「ねえ、どうしてなの」
アーチャーは沈黙する。ただ、沈黙する――――。



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