春。
ひたすらに、眠い。
「ん……」
「お嬢様、眠くていらっしゃるのですか?」
「イリヤ、最近夜更かしだもんね。駄目だよ? ちゃんと寝ないと倒れちゃうんだから」
「あなたではないのですから突然電源が切れたりはしませんよリーゼリット。……お嬢様? 夜更かしをしていらっしゃるのですか?」
じっとセラに見つめられ、イリヤは慌てたように首を振った。
「違うわよ、してないわ! きちんと寝ているもの。昨日だってシロウと一緒に昼寝もし……」
「エミヤ様と?」
「あっ」
いけない!
思わず口を押さえたイリヤだったがもう遅い。ぱちくりとごまかしてみるものの、吐いた言葉が戻る訳ではないのだ。
首を傾げてえへへと笑ってみても、セラの瞳は総攻撃。
「……お嬢様。淑女たる者が、いくらご兄弟と言えど共に眠るなどあってはなりません。はしたないですよ」
「なんでよ。そんな風に考えるセラがやらしいの!」
「え? セラ、えっちなの?」
「違います! 何ですか、その不名誉な呼称は!」
真っ赤になって叫ぶセラの背後から、ひょこんと顔を見せたのはタイミングの悪いアーチャーであった。
「ねえさ……イリヤ。この前お願いされたケーキが焼き上がったんだが、よかったら食べ……」
「エミヤ様!」
「え!?」
「シロウ、バッドタイミング……」
はあ、とため息をつくイリヤの隣で、リズがケーキ!と嬉しそうな声を上げた。
「ケーキ! ケーキ! ケーキ! リズも食べたい! セラも食べるでしょ?」
「はしゃぐのではありません、リーゼリット! そのような……」
「あら、リズはいらないんだ。シロウのケーキ、美味しいのにな?」
「ぐっ……」
言葉を呑んだセラに、アーチャーは空気を読まない笑顔で微笑みかけ。
「セラもよかったらどうかな。たくさん色々な種類を焼いたから、皆で食べても余るくらいだよ」
「…………食べます」
通常より無言になってから、セラは渋々と言った風に答えた。
紅茶も付けてくださいね、としっかりと言い置いて。


「あー、美味しい!」
庭園。
春の花が咲くそこで、クロスを広げ。
歓声を上げてイリヤがふかふかふわふわとしたシフォンケーキを突いた。
その頬に付いた生クリームを、いそいそとセラが拭う。
若干無表情ながらも楽しそうにリズもチョコケーキに舌鼓を打っている。
「美味しい、美味しい」
「そうかね、よかった。紅茶もあるが、どうかな?」
「うん、欲しい! 甘いの、好き!」
「よかった。女性は、甘いものが好きだとよく言うからな」
アーチャーは甲斐甲斐しく三人の世話をし、何と執事服まで纏ってバトラー魂全開だったりする。
「シロウ、それとっても素敵。後で写真を撮らせてね?」
「了解した。個人で楽しむならいくらでも構わない」
「……ノリノリね? ここはちょっと恥ずかしがるところじゃないかしら」
そうは言いつつもイリヤも笑顔で、ショートケーキの苺をあーんと頬張っている。
「ん! これも美味しいわ、シロウはやっぱりお料理上手ね。いいお嫁さんになるわよ」
「私は男だが」
「性別なんて何の関係があるのよ、古臭い考えね。そんなの時代遅れだわ」
「そうかね。私はそれなら古臭い男でいいよ」
「むう」
悪戯っぽくイリヤが頬を膨らませるが、その赤い瞳は笑ってしまっていた。
「時代の最先端を行くこともないだろう。未来に生きる、なんて意外に滑稽だからね」
「アーチャー、あなた未来に生きているの? なんてスラングがあったような気がするわ」
「アトラス院……何でもありません」
「えっ」
「えっ」
「?」
「何でもありません!」
もぐっとケーキをぱくつくセラ。
きょとんと目を丸くするその他の面々。
くすり、と誰かが笑って。
楽しげな声が、春の青空に溶けた。



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