「なぁ嬢ちゃん」
「何よ」
「昨日アーチャーに言われた」
「なんて」
「“ばか”って」
「そう」
「…………」
「…………」
沈黙。
「あれ? ノーリアクション? ここノーリアクションか嬢ちゃん?」
「うっさいわね駄犬。そんなニヤついた顔した男の話とか誰が聞きたがるのよ。誰得なのよ。わたしに何の得があるっていうのよ」
「聞いてくれよー」
「うざい。……そうね、聞いてほしいならお願いが定石じゃない? どうか聞いてくれ、とか、聞いてください遠坂凛さま、とか、」
「キイテクダサイトオサカリンサマ」
「うっざ! 棒読みうっざ! 何その期待に輝いた目! やっぱり聞くのやめる!」
「まあそう言わずに! あのよ、昨日オレがバイトから帰ってきて、」
「やめるって言ったでしょ!」
「帰ってきて、そしたらアーチャーが出てきて、“お疲れさま”って言ったから、」
「……聞き終わらないと片付かないのねこの話。強制イベントってやつね。わかったわよ。わかったから声のトーン落としなさいよ、恥ずかしい」
「言ったから、“おう、ただいま”って言って頬にキスしたら、」
「待ちなさい」
「キスしたら、あいつ真っ赤になって」
「なるに決まってんでしょ! 馬鹿なの死ぬの!?」
「すっげえ真っ赤になって、見事なくらい真っ赤になって、“何をするたわけ”って後ずさって」
「待ちなさいって言ったわよね、わたし言ったわよね!?」
「後ずさって、だけど逃げ場がなくて、オレもやる気満々で靴脱いで、わざと見せ付けるみてえにゆっくり脱いで迫ったわけよ」
「人の話聞きなさい、聞きなさいったら」
「そしたらさ、とうとう壁にアーチャーの背中が当たって。“あ”って小さい声であいつ言って」
「言うわよ、それは言うわよ」
「“アーチャー”って名前呼んで、“……逃げ場はなくなっちまったけど、どうする?”って聞いたわけよ」
「さっきからその言葉の継ぎ方なんなのよ、鬱陶しい」
「そしたら、そしたら、さらに真っ赤になってアーチャーのやつ、」
「あーあーあーあーあー」
「アーチャーのやつ!」
「うるさい聞こえてるわよ!」
「“誰か帰ってきたらどうする、”って言うから」
「はいはい、言うから?」
「“来ねえよ、誰も”って言ってやったんだ」
「はいはい、よかったわね」
「まだ話終わってねえんだけど」
「わたしとしては終わりにしたいわ」
「ここからがクライマックスなんだよ!」
「暑苦しいわね、ただでさえ図体でかいんだから身を乗り出さないでよ!」
「キスしてやったんだ、今度は頬にじゃなくて、」
「…………」
「口に」
「…………」
「そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」
「……なんて言ったの」
「“ばか”」
「……ああ、そうよねえ、そりゃそう言うしかないわよねえ」
「“たわけ”とか“うつけ”とかじゃなくてぽつりと、“ばか”って言ったんだよあいつ! そんでオレから目ェ逸らしたからさ!」
「はいはいだから?」
「いただくだろ」
「あんたわたしのアーチャーに何してくれてんの!?」
じゅっ。
「あ、煙草焦げた。んだよー、まだ吸ってたのにー」
「本当はあんたの鼻先を焦がしてやりたかったのよ、ガンドで! けど今はこれが精一杯!」
「なにそれカリオストロ?」
「知らないわよ!」
「嬢ちゃんアニメとか見んの?」
「話を突然切り替えないでよ! わたしのアーチャーをどうしたのよ!」
「食った」
「性的な意味ででしょ!」
とある日の、彼ら彼女らに対しては何でもない話だった。



back.